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相続発生後の確定申告⑥-2相続人の譲渡所得―取得費加算の特例と空き家3,000万円控除【特例編】

前編では、相続が終わった後に不動産や株式を売却した場合、
その売却による損益は、原則として相続人自身の譲渡所得として計算されること、
また、取得費や取得時期は被相続人のものを引き継ぐという基本的な考え方を整理しました。
こうしたルールを踏まえると、
相続後に財産を売却したときには、
相続税と譲渡所得税の両方が関係する場面があることが分かります。
このとき、

相続税を払って取得した財産を売っただけなのに、
さらに所得税もかかるのは負担が大きい
と感じる方も少なくありません。
そこで用意されているのが、
相続税と譲渡所得税の負担を調整するための制度、
取得費加算の特例です。
以下では、この取得費加算の特例について、
制度の趣旨と仕組みから、適用要件、実務上の注意点までを整理していきます。
取得費加算の特例
特例の趣旨と仕組み
相続した財産を売却すると、相続税と譲渡所得税の両方が関係することになります。
相続税を払って財産を取得し、その財産を売却するとまた所得税がかかる——。
負担が重なるように感じる方もいるかもしれません。
取得費加算の特例は、この負担を軽減するための制度です。
相続税の一部を取得費に加算することで、譲渡所得を圧縮することができます。
適用要件
取得費加算の特例を適用するには、以下の要件をすべて満たす必要があります。
- 相続または遺贈により財産を取得した相続人であること
- その相続について相続税が課税されていること
- 相続税の申告期限の翌日から3年を経過する日までに譲渡していること
特に重要なのは、2番目と3番目の要件です。
相続税がかからなかった場合(基礎控除内で申告不要だった場合や、小規模宅地等の特例で税額がゼロになった場合など)は、この特例は使えません。
取得費の引継ぎ自体は行われますが、取得費加算の特例は適用できません。
また、取得費加算の特例は、「その相続人が実際に納付した相続税額」を基礎に計算します。
相続税の申告をしていても、相続人本人が相続税を負担していない場合(他の相続人が納付した場合など)、その人には加算できる金額はありません。
3番目の期限も重要です。
相続税の申告期限は、死亡日から10ヶ月後です。そこから3年を経過する日までですので、相続開始からおおむね3年10か月以内に売却する必要があります。
特例の適用期限タイムライン
申告期限
の期限
適用不可
※両方の特例を併用する場合は、両方の期限を満たす必要があります
この期限を過ぎると、取得費加算の特例は使えなくなります。売却を検討している場合は、期限を意識しておく必要があります。
譲渡所得に対する税率は、長期譲渡所得(所有期間5年超)で約20%、短期譲渡所得(所有期間5年以下)で約39%です。取得費加算の特例を使えば、この税率がかかる「譲渡所得」自体を圧縮できます。期限には十分注意してください。
加算額の計算方法
取得費に加算できる金額は、以下の計算式で求めます。
取得費加算額 = その相続人が納付した相続税額 × 譲渡した財産の相続税評価額 ÷ その相続人が取得した財産の相続税評価額(債務控除前)



簡単に言えば、「納付した相続税のうち、売却した財産に対応する部分」を取得費に加算できるということですね。
計算例
具体的な数字で見てみましょう。
【前提条件】
- 相続人Aが納付した相続税額:500万円
- 相続人Aが取得した財産の相続税評価額:5,000万円
- そのうち、売却した不動産の相続税評価額:2,000万円
【計算】
取得費加算額 = 500万円 × 2,000万円 ÷ 5,000万円 = 200万円
この200万円を取得費に加算することで、譲渡所得を圧縮できます。
たとえば、この不動産を3,000万円で売却し、被相続人の取得費が1,000万円だった場合:
【取得費加算なしの場合】
譲渡所得 = 3,000万円 – 1,000万円 = 2,000万円
【取得費加算ありの場合】
譲渡所得 = 3,000万円 – (1,000万円 + 200万円) = 1,800万円
200万円分、課税対象が減少します。
実務上の注意点
取得費加算の特例について、実務上の注意点を整理します。
換価分割の場合も適用可能:
換価分割で財産を売却した場合でも、取得費加算の特例を適用することができます。ただし、各相続人がそれぞれの持分に応じて申告する必要があります。
代償金がある場合の調整:
代償分割で代償金を支払った・受け取った場合、取得費加算額の計算に調整が入ります。代償金を支払った相続人は加算額が増え、受け取った相続人は加算額が減ることがあります。
外貨建て資産にも適用可能:
外貨建て資産を売却した場合にも、取得費加算の特例は適用できます。外貨建て資産の売却については、第5回の記事もあわせてご参照ください。
期限を過ぎると使えない:
繰り返しになりますが、相続税の申告期限の翌日から3年を過ぎると、この特例は使えなくなります。売却を検討している場合は、期限を必ず確認してください。
空き家3,000万円控除
特例の概要
空き家3,000万円控除は、被相続人の居住用家屋を売却した場合に使える特別控除です。
通常の「居住用財産の3,000万円特別控除」は、売主自身がその家に住んでいた場合に適用されます。しかし、相続した実家は、相続人が住んでいないことが多いため、通常の特例は使えません。
空き家3,000万円控除は、この問題に対応するための特例です。被相続人が住んでいた家を売却する場合に、最大3,000万円(相続人が3人以上の場合は2,000万円)を譲渡所得から控除できます。
適用要件
この特例を適用するには、厳格な要件を満たす必要があります。
主な要件は以下のとおりです。
- 昭和56年5月31日以前に建築された家屋であること(旧耐震基準)
- 相続開始直前に、被相続人が一人で居住していたこと
- 相続から売却まで、空き家のまま・未使用であること
- 耐震改修または取壊しをすること(売却後でも可、下記参照)
- 売却価額が1億円以下であること
- 相続開始から3年を経過する年の12月31日までに売却すること
これらの要件は、すべて満たす必要があります。一つでも満たさない場合、特例は適用できません。
手続き
空き家3,000万円控除を適用するには、確定申告時に「被相続人居住用家屋等確認書」を添付する必要があります。
この確認書は、市区町村に申請して取得します。売却前に申請しておくことをお勧めします。
確認書の取得には、以下のような書類が必要になることがあります:
- 被相続人の除籍謄本
- 売買契約書の写し
- 耐震基準適合証明書(耐震改修した場合)
- 取壊し後の更地の写真(取壊した場合)
必要書類は市区町村によって異なりますので、早めに確認しておくことをお勧めします。
複数の相続人がいる場合
空き家3,000万円控除は、要件を満たせば各相続人が自己の譲渡所得について適用できます。
令和6年1月1日以降の譲渡については、相続人が3人以上いる場合、控除額の上限が2,000万円に引き下げられました。相続人が2人までであれば、各人が最大3,000万円の控除を受けられます。
また、建物・敷地の共有関係や売却形態によって計算方法が変わるため、事前に税理士への確認をお勧めします。
取得費加算との併用
空き家3,000万円控除と取得費加算の特例は、併用することができます。
両方の要件を満たす場合、取得費に相続税の一部を加算したうえで、さらに最大3,000万円(相続人が3人以上の場合は2,000万円)を控除できます。これにより、譲渡所得を大幅に圧縮できる可能性があります。
ただし、両方の特例を適用するには、それぞれの期限を意識する必要があります:
- 取得費加算:相続税の申告期限の翌日から3年を経過する日まで(相続開始からおおむね3年10か月以内)
- 空き家控除:相続開始から3年を経過する年の12月31日まで



両方の期限を満たす期間内に売却することで、両方の特例を適用できますよ。
まとめ:あなたのケースをチェック
この記事で整理した内容を、チェックリスト形式でまとめます。
【基本的な判断】
- 売却したのは死亡後か? → 相続人の譲渡所得
- 換価分割であっても、税務上は「売却」 → 確定申告が必要
- 名義が被相続人のままでも、相続人の所得
【取得費・取得時期】
- 取得費は被相続人の取得価額を引き継ぐ(相続税評価額ではない)
- 取得時期も被相続人の取得日を引き継ぐ → 長期・短期の判定に影響
- 繰越損失は引き継げない
【特例の確認】
- 取得費加算の特例:相続税の申告期限の翌日から3年を経過する日までか?(相続開始からおおむね3年10か月以内)
- 空き家3,000万円控除:要件を満たすか? 期限内か?
- 両方の特例は併用可能



売却を検討している場合は、特例の適用期限を必ず確認してください。
期限を過ぎると、使えたはずの特例が使えなくなってしまいます。
参考:意図せず譲渡所得が発生するケース
自分で売却したわけではないのに、相続をきっかけに譲渡所得が発生するケースがあります。
ラップファンド(投資一任契約)を相続した場合、相続人が契約を引き継げないことがあり、契約終了に伴って自動的に資産が売却されることがあります。
この場合、売却益が出れば相続人の譲渡所得として申告が必要です。
証券会社からの報告書を確認してください。
次回予告
次回は、相続した不動産の賃貸開始・引継ぎと青色申告について取り上げます。
賃貸不動産を相続した場合、死亡日の翌日から相続人の不動産所得が始まります。減価償却の引継ぎ、青色申告承認申請の期限など、継続的な申告に関わる重要なポイントを整理します。
今回の譲渡所得と合わせて読むことで、相続した不動産に関する確定申告の全体像が見えてきます。
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第1回から順に読むことで、相続人の確定申告における全体像が見えてきます。
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