相続発生後の確定申告⑥-1―相続人の譲渡所得 不動産・株式の売却【基本編】

相続した不動産や株式を売却した。
あるいは、遺産分割のために換価分割を行った。
そのとき、「売却益について確定申告が必要になりますよ」と言われた。

相続税とは別に、所得税の申告も必要なのだろうか。

特に換価分割の場合、混乱しやすい点があります。

換価分割では、「被相続人の財産」を売却して代金を分けます。 では、この売却益は被相続人の所得になるのでしょうか?

答えは「いいえ」です。税務上は「相続人の譲渡」として扱われます。

第1回の記事で整理した2つの判断基準を、ここで具体的に適用してみましょう。

第一の基準:これは所得税の話か?

→ はい。売却益は所得税の対象です。換価分割のための売却も、税務上は「譲渡」として扱われます。

第二の基準:誰の所得か?

→ 「いつ売却したか」で決まります。

  • 死亡前の売却 → 被相続人の所得(準確定申告)
  • 死亡後の売却 → 相続人の所得(相続人の確定申告)

換価分割は通常、死亡後に行われるため、被相続人の財産を売却したとしても、相続人の所得として扱われます。

この記事では、死亡後の売却、つまり「相続人の所得としての譲渡所得」を扱います。換価分割も、相続後の任意の売却も、税務上の扱いは同じです。

相続税を払い、さらに売却時に所得税もかかるとなると、負担が重なるように感じる方もいるかもしれません。でも、取得費加算の特例や空き家3,000万円控除など、相続人の確定申告で使える重要な特例もあります。

この記事では、相続後の売却について、判断の基準と使える特例を紹介します。

あなたのケースはどこに当てはまる?

この記事を読む前に、まずご自身の状況を確認してみてください。

  • 相続した不動産を売却した、または売却を検討している
  • 相続した株式・投資信託を売却した、または売却を検討している
  • 遺産分割のために換価分割を行った、または検討している
  • 相続税の申告は終わったが、売却益の確定申告が必要か分からない
  • 取得費加算の特例や空き家3,000万円控除について知りたい
  • ラップファンドや投資信託が自動的に解約された

→ 1つでも当てはまる方は、この記事が参考になります。

目次

この記事の対象:死亡後の売却

この記事で扱うのは、「死亡後の売却」です。

換価分割も、任意の売却も、税務上の扱いは同じです。いずれも「相続人の譲渡所得」として、相続人の確定申告の対象になります。

相続財産の売却と確定申告 判断フローチャート

相続財産を売却した
いつ売却した?
(換価分割・任意売却いずれも)
死亡日より前
被相続人の所得

準確定申告
(別シリーズで解説)
死亡日より後
相続人の所得

相続人の確定申告
(この記事で解説)

※換価分割も任意売却も、死亡後の売却であれば「相続人の譲渡所得」になります

死亡前の売却は、被相続人の所得として準確定申告の対象になります。準確定申告については、別シリーズで扱いますので、この記事では触れません。

以下、すべて「相続人の譲渡所得」の話として整理していきます。

有価証券の売却

換価分割でも相続人の所得

遺産分割のために株式や投資信託を売却した場合でも、その売却益は相続人の譲渡所得になります。

「遺産を分けるために売っただけなのに、なぜ税金がかかるのか」と感じるかもしれません。しかし、売却益が出れば、それは譲渡所得として課税の対象になります。

遺産分割のために父の株式を売却しました。これも確定申告が必要ですか?

はい。換価分割の場合も、売却益は相続人の譲渡所得になります。

一般口座での売却

相続した株式を売却する際、一般口座扱いになることがあります。

一般口座の場合、証券会社が取得価額を管理してくれないため、相続人が自分で計算・申告する必要があります。

税務上は、被相続人の取得価額と取得日を引き継ぎます(所得税法60条)。
相続税評価額を取得費とすることはできません。
そのため、被相続人がいつ、いくらで取得したかの記録を確認しておく必要があります。

取得費が不明な場合

「証券会社が把握していない=取得費が認められない」ではありません。
売買報告書、過去の取引履歴、被相続人の確定申告書控えなど、合理的な資料があれば説明可能です。

取得費が不明な場合は、売却価額の5%を取得費とする「概算取得費」を使うことができます。
しかし、これは非常に不利になる可能性があります。

たとえば、1,000万円で売却した株式について:

  • 実際の取得費が800万円だった場合 → 譲渡所得200万円
  • 概算取得費(5%=50万円)を使った場合 → 譲渡所得950万円

この差は750万円。長期譲渡所得の税率約20%で計算すると、約150万円の税負担の差になります。
資料が見つからないからといって、概算取得費を選ぶ前に、資料をよく探索してください。

特定口座の注意点

特定口座(源泉徴収あり)で株式を売却している場合、原則として確定申告は不要です。

ただし、これには条件があります。

  • 本人の所得として完結していること
  • 取得価額・取得日が正しく反映されていること

相続が絡むと、取得価額の引継ぎが正しく反映されていないことがあります。
また、一般口座扱いになっている場合は、確定申告が必要になります。

「特定口座だから確定申告不要」と思い込まず、証券会社からの年間取引報告書を確認することをお勧めします。

不動産の売却

換価分割でも相続人の所得

不動産についても、有価証券と同じ考え方です。

遺産分割のために不動産を売却した場合でも、その売却益は相続人の譲渡所得になります。「分割のための売却だから申告不要」ではありません。

実家を売却して兄弟で分けました。これも確定申告が必要ですか?

はい。換価分割であっても、売却益は相続人の譲渡所得になります。
要件を満たせば空き家3,000万円控除が使える可能性もあります。

名義と課税主体は別

不動産の売却には、事前に相続登記が必要です。
登記の方法には、代表相続人の単独名義で登記する方法と、各相続人の共有名義で登記する方法があります。

いずれの方法でも、譲渡所得は実際の取得割合に応じて各相続人に帰属します。

たとえば、相続人A・B・Cが各3分の1ずつ不動産を相続した場合、代表相続人Aの単独名義で売却しても、A・B・Cの共有名義で売却しても、売却益はA・B・Cそれぞれの譲渡所得として3分の1ずつ申告することになります。

登記名義が誰であっても、各相続人が自己の持分に応じた譲渡所得をそれぞれ確定申告します。

代表相続人の単独名義で登記・売却する場合、代表相続人から他の相続人への代金分配が「贈与」と疑われないよう、遺産分割協議書には換価分割である旨と売却代金の分配割合を明記しておくことが重要です。

空き家特例への導線

被相続人の居住用家屋を売却した場合、空き家3,000万円控除が使える可能性があります。

この特例は、適用要件が厳格で、かつ事前の準備が必要です。
詳細は後述しますので、不動産を売却する予定がある方は、早めに要件を確認しておくことをお勧めします。

取得費・取得時期の引継ぎルール

取得費の引継ぎ

相続した財産を売却する場合、取得費は被相続人の取得価額を引き継ぎます(所得税法60条)。

ここで注意すべきは、取得費は「相続税評価額」ではないということです。

相続税の申告で使った評価額と、所得税の計算で使う取得費は、別のものです。
相続税評価額は「死亡時の時価」ですが、取得費は「被相続人がいくらで取得したか」です。

相続税の申告で使った評価額を、取得費にしていいですか?

いいえ。取得費は被相続人の取得価額です。相続税評価額とは別ですので、注意してください。

取得費が不明な場合は、売却価額の5%を取得費とする「概算取得費」を使うことができます。
しかし、これは最後の手段と考えてください。

たとえば、5,000万円で売却した不動産について、実際には3,000万円で取得していたのに、記録がないため概算取得費(250万円)を使うと、譲渡所得は4,750万円になります。本来の譲渡所得2,000万円との差は2,750万円。税負担の差は数百万円に及びます。

5%と決める前に、契約書、領収書、登記簿、固定資産税の課税明細など、手がかりになる資料がないか、よく探してみましょう。

取得時期の引継ぎ

取得時期についても、被相続人の取得日を引き継ぎます。

これは、譲渡所得の長期・短期の判定に影響します。

  • 長期譲渡:取得日から売却日まで5年超
  • 短期譲渡:取得日から売却日まで5年以下

被相続人が10年前に取得した不動産を、相続後すぐに売却した場合でも、取得日は10年前として扱われます。
相続開始日が取得日になるわけではありません。

長期譲渡と短期譲渡では、税率が大きく異なります。
被相続人の取得日を引き継ぐため、相続後すぐに売却しても長期譲渡の低い税率が適用される場合があります。

引き継げないもの:繰越損失

ただし、被相続人の上場株式等の譲渡損失の繰越控除は、相続人に引き継ぐことはできません。

被相続人が生前に株式の売却損を繰り越していた場合でも、その損失を相続人の確定申告で使うことはできません。

相続人自身が株式の売却損を出した場合は、相続人自身の損失として繰越控除を適用することができます。
これは被相続人の損失とは別のものです。

譲渡費用

譲渡所得の計算では、売却価額から取得費だけでなく、譲渡費用も差し引くことができます。

譲渡所得の計算構造

売却価額
取得費
譲渡費用
譲渡所得

📋 取得費とは

  • 被相続人の取得価額を引き継ぐ
  • 相続税評価額ではない
  • 不明な場合は売却額の5%

✅ 譲渡費用になるもの

  • 仲介手数料
  • 印紙代
  • 測量費(売却のため)
  • 解体費用(更地売却)

❌ 譲渡費用にならないもの

  • 相続登記の登録免許税
  • 相続登記の司法書士報酬
  • 遺品整理費用

※「相続のための費用」と「売却のための費用」は区別が必要です

譲渡費用に含まれるもの

売却のために直接かかった費用が譲渡費用になります。不動産と有価証券では、該当する費用が異なります。

【不動産の場合】

  • 仲介手数料
  • 売買契約書の印紙代
  • 測量費(売却のために必要だった場合)
  • 建物の解体費用(更地にして売却した場合)

【有価証券の場合】

  • 売却時の委託手数料(証券会社に支払う手数料)

なお、特定口座(源泉徴収あり)で売却した場合、委託手数料は自動的に計算に含まれています。

譲渡費用に含まれないもの

一方、相続手続きのためにかかった費用は、原則として譲渡費用には含まれません。

  • 相続登記のための登録免許税・司法書士報酬(不動産)
  • 名義変更のための手数料(有価証券)
  • 遺品整理費用

「相続のためにかかった費用」と「売却のためにかかった費用」は区別する必要があります。

まとめと次回予告

ここまで、相続が終わった後に不動産や株式を売却した場合の譲渡所得について、
誰の所得として考えるのか、どの取得費・取得時期を用いるのかという基本的な枠組みを整理しました。

相続後に行う不動産や株式の売却は、
相続登記や口座の名義変更などの相続手続を経た上で行われるものであり、
その売却による損益は、原則として相続人自身の譲渡所得として計算されます。

一方で、相続税を支払っている場合などには、
譲渡所得の計算において税負担を調整するための特例が用意されています。

次の【後編】では、
取得費加算の特例空き家の3,000万円特別控除など、
相続後の売却で特に影響が大きい特例と、その適用要件・注意点を整理します。
相続発生後の確定申告⑥-2相続人の譲渡所得―取得費加算の特例と空き家3,000万円控除【特例編】

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