配偶者居住権という民法改正で新たに創出された制度があります。残された配偶者がそれまでに住んでいた住居に引き続き居住するための権利をいいます。
令和2年の制度開始の前後こそ、あちこちで取り上げられ、話題にする人も多かったのですが、最近ではすっかり影を潜めています。同業者の間でも、実際に配偶者居住権を使った遺言や相続のお手伝いをしたという声は聞こえてきません。「配偶者居住権は、理念としてはよいが、絵に描いた餅に過ぎず、実際には使えない制度」と明言する人もいます。
本当のところはどうなんでしょうね?配偶者居住権は、名前だけ立派で、実際には役立たずの制度なんでしょうか。
先に結論を言うと、配偶者居住権が有効に使えるケースは存在します。ただし、一般に考えられているよりも限定的で、ごく限られた場合にのみに役に立ちます。
配偶者居住権の利用を検討すべきケース
①配偶者以外の相続人が自分の法定相続分を主張してくるとき
前提として、自宅以外にも預金や金融資産がある程度あり、他の相続人に法定相続分の財産を渡しても、配偶者は自宅と生活に必要な資金を問題なく相続できる、というお家は配偶者居住権の設定なんぞ不要です。配偶者が自宅を相続すればよいだけです。
また配偶者以外の相続人が自分の相続分を特に主張しない場合も、配偶者は自宅とその他必要な財産を相続できるので、あえて配偶者居住権を持ち出す必要ありません。
配偶者居住権が役立つのは、主な財産が自宅でそれ以外にはそれほど多くの財産はない、というお家で、しかも相続人が自分の法定相続分を主張してくる、というケースです。この場合、配偶者居住権がないと、今後の住まいと生活資金を確保するのに十分な財産を配偶者が相続できないことがあります。
「故人の配偶者を困らせてまで、自分の相続分を主張するものかなぁ・・・?」と首をひねる人もいるかもしれません。しかし、実際には相続人同士といっても、関係性が疎遠なことはめずらしくありません。疎遠な相続人ほど、遠慮がない分、権利を主張する傾向にあります。また、相続人自身がお金に困っていたり、周囲の人に言われたりして、相続で「もらえるものはもらっておこう」となるのはよくあることです。
こういうときは、自宅の権利を配偶者居住権とそれ以外の権利(負担付所有権)に分け、配偶者には配偶者所有権を、相続人には負担付所有権を相続させます。こうすることで、配偶者は自宅と生活資金を確保できます。相続人は負担付所有権を相続することで法定相続分を確保でき、配偶者が亡くなると配偶者居住権が消滅するので、自宅の完全な所有権を手に入れることができます。
②先祖代々の不動産を配偶者の家系に渡したくないとき
先祖代々の不動産を受け継いで住んでいる夫婦がいるとしましょう。その夫婦に子供がおらず、不動産の所有者である夫が亡くなったとします。妻が自宅を相続すると、後に妻が亡くなった後、自宅は妻のきょうだいや甥姪が相続することになります。夫の家系の側からすれば、先祖代々の不動産です。妻に相続して住んでもらうのはいいとしても、妻が亡くなった後は不動産は自分たちの家系に戻して欲しいと思うかもしれません。
このような場合も配偶者居住権の設定が役立ちます。夫の相続のときに、妻が配偶者居住権、夫のきょうだいや甥姪が負担付所有権を取得するようします。そうすれば、妻は亡くなるまで自宅に住むことができ、妻が亡くなれば、不動産は夫の家系に戻ります。
ちなみに、同様の効果は、妻の遺言(不動産をいったん妻に相続してもらった上で、不動産は夫の親族に遺贈する旨、遺言を書いてもらう)や家族信託(後継ぎ遺贈型信託)でも実現できますが、相続が発生した後、遺産分割協議のみで完了できる、という意味では配偶者居住権は使い勝手が良く、検討してみてもよいと思います。
③相続税を節税したいとき
以前のブログでも取り上げたように、配偶者居住権を設定することで相続税を節約できることがあります。これは、配偶者居住権を有する配偶者が亡くなったときの相続では、配偶者居住権は相続税の課税対象とならないとされているためです。
最初の相続では、不動産を配偶者居住権と負担付所有権に分けました。このとき、負担付所有権は、不動産の本来の相続税評価額から配偶者居住権の分を控除した金額で計算されます。
建物:建物の相続税評価額ー配偶者居住権の価額
土地:土地の相続税評価額ー敷地利用権の価額
その後、配偶者が亡くなると配偶者居住権は消滅し、負担付所有権は完全な所有権となります。
最初の相続で負担付所有権を相続した相続人には、その際に、配偶者居住権の分を割引された評価額で相続税が課税されます。しかし、配偶者が亡くなったときには、再度相続税を課されることなく、自宅を完全に自分のものとすることができます。トータルでみると、配偶者居住権を設定したことで評価額が下がった分、相続税を節約できたということになるのです。
ただし、配偶者居住権を設定すれば節税になるとは必ずしも限りません。例えば、老人ホームに入居するので自宅を売却する場合や、自宅の取壊し建て替えなどを行う場合には、贈与税が課税され、かえって税負担が重くなることなどが想定されます。
そもそも配偶者居住権は節税のために作られた制度ではなく、たまたま節税が可能な設計になっているだけともいえます。今後新たなルールが設定され、節税に使えなくなる可能性もゼロではありません。それでも配偶者居住権を使った相続税対策を検討してみたいというかたは、税理士に相談のうえ、慎重に判断していただければと思います。