相続発生後の医療費控除―支払った医療費はどの申告で使える?

大切なご家族を亡くされた直後は、深い悲しみの中で多くの手続きに追われることになります。 相続税の専門家として、こうした相談をよく受けます。

父の入院費を私が支払いました。これは私の確定申告で医療費控除として使えるのでしょうか?

父の準確定申告で使うべきだったのか、それとも相続税の申告で債務控除すべきだったのか、どちらですか?

相続が発生すると、医療費の支払いと確定申告の関係が複雑に絡み合います。 支払ったのが相続人であっても、その医療費が誰の控除になるのか、あるいはどの申告で使えるのかは、一律には決まりません。

あなたのケースはどこに当てはまる?

この記事を読む前に、まずご自身の状況を確認してみてください。

□ 亡くなった後に、病院から請求書が届いた
□ 父(母)の医療費を、自分の口座から振り込んだ
□ 別居していたが、父(母)の医療費を支払ったことがある
□ 高額療養費の還付金がまだ戻ってきていない

→ 1つでも当てはまる方は、この記事が参考になります。

この記事では、相続に関連して支払った医療費について、 どの申告で控除できるのかを整理します。

目次

医療費控除の基本的な考え方

医療費控除は、所得税の計算において所得から差し引くことができる「所得控除」の一つです。

医療費控除の要件:
  • 自己または自己と生計を一にする配偶者その他の親族のために支払った医療費
  • その年中に実際に支払った医療費
    (国税庁タックスアンサーNo.1120「医療費を支払ったとき」では、「未払いの医療費は、現実に支払った年の医療費控除の対象となります」と明示されています)
  • 一定額(10万円または総所得金額等の5%のいずれか低い方)を超える部分

この要件から、2つの重要なポイントが見えてきます。

ポイント1:実際に支払った人の医療費控除

医療費控除は、「実際に支払った人」が自分の確定申告で控除します。

  • 被相続人が支払った医療費 → 被相続人の準確定申告で控除
  • 相続人が支払った医療費 → 相続人の確定申告で控除(要件を満たす場合)

ポイント2:治療等を受けた時点で生計一だったか

医療費控除の対象となるのは、「自己または自己と生計を一にする配偶者その他の親族」のために支払った医療費です。

重要なのは、治療等を受けた時点で生計を一にしていたかどうかです。

相続人が被相続人の医療費を支払う場合、治療等を受けた時点で被相続人と生計を一にしていれば、 その医療費を相続人の確定申告で医療費控除として使える可能性があります。

3つの申告と医療費控除の関係

相続が発生すると、医療費控除が関係する申告が3つ存在します。

1. 被相続人の準確定申告

相続人が、被相続人の1月1日から死亡日までの所得について申告するもの。
申告期限は、相続開始を知った日の翌日から4ヶ月以内。

医療費控除の対象: 死亡日までに被相続人本人が支払った医療費

2. 相続人の確定申告

相続人自身の、その年1月1日から12月31日までの所得について申告するもの。
申告期限は、翌年3月15日。

医療費控除の対象: その年中に相続人が支払った医療費(要件を満たすもの)

3. 相続税の申告

相続財産に対する相続税を申告するもの。 医療費控除ではなく、未払医療費の債務控除として扱う。
申告期限は、相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内。

債務控除の対象: 死亡時点で未払いだった医療費

判断基準:誰が支払ったか

どの申告で使えるかは、原則「誰が支払ったか」で決まります。
相続の場面では、あわせて「治療等を受けた時点の生計一」と「相続税の債務控除(未払医療費)」も確認します。

被相続人本人が支払った医療費

被相続人の準確定申告で医療費控除が可能

準確定申告で控除できるのは、死亡日までに被相続人本人が支払った医療費です。

相続人が支払った医療費

相続人の確定申告で医療費控除が可能(要件を満たす場合)

要件:

  1. 治療等を受けた時点で、被相続人と相続人が生計を一にしていた
  2. その年中に実際に支払った

この要件を満たせば、相続人が被相続人の医療費を支払った場合でも、 相続人の確定申告で医療費控除の対象になります。

被相続人本人が支払った医療費

死亡日までに被相続人本人が支払った医療費については、被相続人の準確定申告で医療費控除の対象になります。

(国税庁タックスアンサーNo.2022「準確定申告における医療費控除の対象となる医療費」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2022.htm では、「死亡の日までに被相続人が支払った医療費」が対象となることが明示されています。)

例:

  • 7月20日に死亡
  • 6月に入院し、7月10日に被相続人本人が入院費を支払った
  • この入院費は、準確定申告で医療費控除の対象

準確定申告は、1月1日から死亡日までの所得を申告するものですが、 医療費控除については「死亡日までに被相続人本人が支払ったもの」が対象になります。

注意点:

準確定申告で医療費控除を適用する場合、被相続人本人の医療費だけでなく、 被相続人と生計を一にしていた配偶者その他の親族の医療費も含めることができます。

たとえば、被相続人が生前に配偶者の医療費を支払っていた場合、 その医療費も準確定申告の医療費控除に含められます。

相続人が支払った医療費

相続人が医療費を支払った場合、その医療費は相続人の確定申告で医療費控除の対象になります。

ただし、要件があります。

相続人が被相続人の医療費を支払った場合

相続人が被相続人の医療費を支払った場合、上記の要件を満たせば、相続人の医療費控除の対象になります。

国税庁の質疑応答事例「死亡した父親の医療費」 (https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/shotoku/05/57.htm) でも、被相続人の死亡後に相続人が支払った医療費について、 治療等を受けた時点で生計を一にしていれば、相続人の医療費控除の対象になり得ることが示されています。

父が亡くなった後に届いた入院費の請求書を、私が支払いました。これは私の医療費控除に使えますか?

お父様の治療を受けた時点で、あなたとお父様が生計を一にしていたのであれば、あなたの医療費控除の対象になります。

重要なポイント:

  • 「支払った時点」ではなく、「治療等を受けた時点」で生計一かどうかを判定する
  • 支払いが死亡前でも死亡後でも、この判断基準は同じ

相続人が死亡前に支払った場合

例:

  • 6月に父が入院
  • 7月10日に息子(相続人)が父の入院費を支払った
  • 7月20日に父が死亡

この場合:

  • 治療を受けた時点(6月)で、父と息子が生計を一にしていた
  • 息子が実際に支払った(7月10日)
  • → 息子の確定申告で医療費控除の対象

相続人が死亡後に支払った場合

例:

  • 6月に父が入院
  • 7月20日に父が死亡
  • 8月10日に息子(相続人)が入院費の請求書を受け取り、支払った

この場合も、前述の要件を満たせば、息子の確定申告で医療費控除の対象になります。

相続税の債務控除との関係

ここまで、医療費控除の話をしてきましたが、 相続税の債務控除との関係も整理しておく必要があります。

相続人が支払った医療費の取扱い

相続人が被相続人の医療費を支払った場合、次の2つの選択肢があります。

選択肢1:相続人の確定申告で医療費控除

  • 前述の要件を満たす場合に適用可能
  • 相続人の所得税の計算で控除

選択肢2:相続税の申告で債務控除

  • 死亡時点で未払いだった医療費は、相続税の債務控除の対象になる
  • 相続税の計算で控除

重要な注意点:重複は不可

同一の支出について、相続税で債務控除に計上した場合、所得税で医療費控除に入れることはできません。

どちらで取り扱うかを統一する必要があります。

もし相続税申告で債務控除として計上した後に、相続人の確定申告で医療費控除を使いたい場合は、 相続税申告の更正の請求や修正申告が必要になる可能性があります。

父の入院費を死亡後に支払いました。医療費控除と債務控除、どちらを使うべきですか?

それぞれの税率や控除額を比較して判断します。実務上は、相続税の税率が高いケースでは債務控除を優先することが多いですね。

実務上の判断

どちらを選ぶかは、次の要素を考慮して判断します。

  • 相続税の税率
  • 相続人の所得税率
  • 医療費控除の適用可能額(10万円の足切りがある)
  • 債務控除による相続税の軽減額

重要なポイント:

所得税の還付額(住民税も含めた実質的な軽減額)と、相続税の軽減額、どちらがトータルで有利になるかは、 各相続人の所得状況や相続税の税率区分によって異なります。

例えば、相続税の税率が30%の場合と10%の場合では、同じ医療費でも債務控除による軽減額が大きく変わります。 一方、相続人の所得税率が高い場合は、医療費控除の方が有利になることもあります。

個別の状況によって有利不利が変わるため、判断に迷う場合は専門家にご相談されることをお勧めします。

生計を一にする親族の医療費

被相続人と生計を一にしていた親族(配偶者や子など)の医療費についても、整理が必要です。

被相続人が支払った場合

被相続人と生計を一にしていた親族の医療費を、被相続人が死亡日までに支払った場合: → 準確定申告で医療費控除の対象になります

たとえば:

  • 被相続人(父)と配偶者(母)が生計を一にしていた
  • 母の医療費を、父が7月10日(死亡日は7月20日)に支払った
  • この医療費は、父の準確定申告で控除できる

相続人が支払った場合

被相続人と生計を一にしていた親族の医療費を、相続人が支払った場合:

相続人とその親族が生計を一にしていれば、相続人の医療費控除の対象になります。

たとえば:

  • 被相続人(父)と配偶者(母)が生計を一にしていた
  • 母の医療費を、父の死亡後に息子(相続人)が支払った
  • 息子と母が生計を一にしていれば、息子の確定申告で控除できる
  • 息子と母が生計を一にしていなければ、医療費控除の対象外

注意: 被相続人の医療費ではないため、相続税の債務控除にもなりません。

実務上のポイント

1. 領収書の日付と治療時期の確認

医療費控除・債務控除のいずれを適用する場合も、 医療費の治療時期支払時期を正確に確認する必要があります。

入院費の場合:

  • 入院期間がいつからいつまでか(治療時期)
  • 請求書の発行日
  • 実際の支払日
  • 誰が支払ったか

これらを領収書や請求書で確認してください。

2. 生計を一にしていたかの確認

相続人の医療費控除を適用する場合、 被相続人と相続人が生計を一にしていたことが前提になります。

生計を一にする、とは:

  • 同居している場合は通常認められる
  • 別居していても、生活費の仕送りをしていた場合は認められる
  • 独立して生計を立てている場合は認められない

判定時点:

医療費の「治療等を受けた時点」で生計を一にしていたかどうかを判定します。

実務上の重要な注意点:

別居している場合、生計を一にしていたことを証明する必要が生じることがあります。 特に、仕送りの事実については、振込履歴や送金記録などの客観的な証拠を残しておくことが重要です。

「口頭で生活費を渡していた」という主張だけでは、税務調査の際に認められない可能性があります。 普段から、銀行振込など記録が残る方法で生活費の援助を行っておくことをお勧めします。

3. 高額療養費制度との関係

高額療養費の支給を受けた場合、その支給額は医療費から差し引く必要があります。

ただし、高額療養費の支給決定が死亡後になるケースもあります。

実務上の扱い:

準確定申告や相続人の確定申告の時点で高額療養費の支給額が確定していない場合、 見込額で処理することもあります。

その後、高額療養費が支給された場合は、 医療費控除額を見直し(修正申告または更正の請求)が必要になります。

この取扱いは複雑になる場合があります。

4. 入院費の請求タイミング

実務上、入院費の請求は退院時または月単位で行われることが多いため、 死亡月の入院費が死亡後に請求されるケースがほとんどです。

このような場合、相続人が支払うことになりますが、 治療時点で生計を一にしていれば、相続人の医療費控除または相続税の債務控除が使えます。

例:

  • 7月20日に死亡
  • 7月1日~7月20日の入院費が、8月5日に請求され、8月10日に相続人が支払った
  • この入院費は:
    • 相続人の確定申告で医療費控除(治療時点で生計一の場合)、または
    • 相続税の申告で債務控除
    • いずれかを選択(ただし重複不可)

5. 複数の相続人がいる場合

医療費を複数の相続人で分担して支払った場合:

  • それぞれが支払った金額について、それぞれの確定申告で医療費控除を適用できる
  • ただし、要件(生計一など)を満たす必要がある

債務控除を選択する場合:

  • 相続税の計算上、その医療費を債務として控除する相続人を決める
  • 複数の相続人で分けることも可能

よくある誤解

誤解1:「死亡日までに支払ったら準確定申告」

「死亡日までに支払った医療費は準確定申告で控除」と考えてしまいがちですが、 正しくは:

  • 死亡日までに被相続人本人が支払った医療費 → 準確定申告で控除
  • 死亡日までに相続人が支払った医療費 → 相続人の確定申告で控除(要件を満たす場合)

誰が支払ったかが重要です。

誤解2:「死亡後に支払ったら医療費控除は使えない」

「死亡後に支払った医療費は医療費控除の対象外」と思い込んでしまいますが、 正しくは:

  • 治療等を受けた時点で生計を一にしていれば、相続人の医療費控除の対象になる
  • 支払時期(死亡前か死亡後か)ではなく、治療時点の生計一関係が重要

誤解3:「相続税の申告で債務控除したから終わり」

相続税の申告で債務控除として処理した場合、 相続人の確定申告で医療費控除を重複して適用することはできません。

どちらで取り扱ったかを統一する必要があります。

誤解4:「準確定申告で使えなかったから諦める」

準確定申告で医療費控除を適用できなかった(相続人が支払ったため)場合でも、 相続人の医療費控除または債務控除として使える可能性があります。

諦めずに、どの申告で使えるかを確認してください。

誤解5:「医療費控除は10万円超えないと使えない」

医療費控除の足切り額は、「10万円」または「総所得金額等×5%」のいずれか低い方です。

総所得金額等が200万円未満の場合は、10万円ではなく「総所得金額等×5%」が足切り額になります。

たとえば:

  • 総所得金額等が150万円の場合:足切り額は7.5万円
  • 総所得金額等が100万円の場合:足切り額は5万円

「10万円超えないと使えない」と諦めずに、自分の総所得金額等を確認してください。

特に、相続が発生した年は所得が少なくなることもあるため、 総所得金額等が200万円未満になる可能性があります。

医療費控除・債務控除の適用可否(一覧表)

実務で迷いやすい主なケースを表にまとめました。

いつ支払った?誰が支払った?何の費用?所得税(準確定申告)所得税(相続人の確定申告)相続税(債務控除)
死亡日まで被相続人被相続人/生計一親族の医療費○(対象)
死亡日まで相続人被相続人の医療費○になり得
(治療時点で生計一など)
死亡日まで相続人生計一親族の医療費○になり得
(治療時点で生計一など)
死亡後相続人被相続人の未払医療費
(生前の治療分)
○になり得
(治療時点で生計一など)
○になり得
(債務控除)
※重複不可

注意:

  • 「○になり得る」は、条件を満たす場合に限ります
  • 所得税(相続人)と相続税(債務控除)を重複して適用することはできません

まとめ

この記事で整理したこと

医療費控除について、どの申告で控除できるかを整理しました。

判断基準は「誰が支払ったか」+「治療時点の生計一」+「債務控除」

  • 被相続人が支払った → 準確定申告で控除
  • 相続人が支払った → 相続人の確定申告で控除(要件を満たす場合)
  • 未払医療費 → 債務控除の可能性

相続人の医療費控除の要件

  1. 治療等を受けた時点で生計を一にしていた
  2. その年中に実際に支払った

医療費控除と債務控除の関係

  • 同一の支出について重複は不可
  • どちらで取り扱うかを統一する

生計一親族の医療費

  • 被相続人が支払った → 準確定申告で控除
  • 相続人が支払った → 相続人(と生計一の場合)の確定申告で控除

医療費控除は、誰が支払ったか、いつ治療を受けたか、どの申告で使うかによって、取扱いが変わります。
この記事が、相続後の医療費控除について整理する一助となれば幸いです。

関連記事

相続発生後の確定申告については、以下のシリーズ記事もご参照ください。

これらの記事では、相続人の所得として確定申告が必要になるケースを整理しています。 医療費控除と合わせて確認することで、相続後の確定申告の全体像が見えてきます。

相続全体を、税務の観点から整理します

医療費控除は、相続後の確定申告の一部です。 でも、実際の相続では、準確定申告、相続人の確定申告、相続税申告、 さらには将来の譲渡所得税まで、複数の税金が関わります。

当事務所では、相続税申告を主たる業務としながら、 相続全体を俯瞰し、税務の観点から整理するサポートを行っています。

相続税申告が必要かどうかの判断も含め、 相続全体の状況を整理されたい方は、初回面談のご案内をご覧ください。

目次