吉行淳之介 ― 内縁の妻を制度で守った「周到な優しさ」

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遺言書は「いつか」ではなく「いま」考えるもの。
“その時”が来てからでは、もう本人の意志を確かめることはできません。

けれど、いざ書こうとすると、制度や形式の壁が高く感じられるものです。
そんなときは、有名人たちの遺言をのぞいてみましょう。
そこには、家族への想い、人生のけじめ、そして制度を通して想いを託す知恵が見えてきます。

この記事では、作家・吉行淳之介さんの遺言を手がかりに、
「内縁の妻に財産を遺す」という選択から、想いを制度で守る”ことの意味を考えていきます。

作家の吉行淳之介(1924–1994)は、生前に遺言書を残したと伝えられています。
その内容には、長年連れ添った内縁の女性に財産を遺すことが含まれていたと報じられています。
法律上の配偶者ではない相手に財産を残すには、遺言が不可欠です。

吉行氏は、感情よりも制度を選びました。
その一枚の遺言書は、現実をよく理解した人間が選んだ、理性的で確かな手段でした。


🗂 プロフィールメモ:吉行淳之介(よしゆき・じゅんのすけ)

1924年、東京生まれ。戦後文学を代表する作家の一人で、『暗室』『夕暮まで』など多くの名作を残した。
随筆家の吉行文枝氏と結婚し、一女をもうけるが、のちに女優・宮城まり子氏と長年にわたり事実上の伴侶関係を築いたことでも知られる。
生前には遺言書を作成していたと報じられており、その中で宮城氏への遺贈が示されていたとされる。
1994年に死去、享年69。

目次

吉行淳之介と家族関係

吉行氏は戦後文学を代表する作家の一人です。
妻・文枝氏との婚姻関係は生涯継続しており、二人の間には女児が一人いたと伝えられています。
その一方で、女優の宮城まり子氏とは長年同居した事実上の伴侶であったことが広く知られています。
つまり、法律上は既婚でありながら、実際の生活では別のパートナーと暮らしていたという構図です。

婚姻関係が残っていても、別の人に財産を遺すことはできるんですか?

できます。遺言があれば誰にでも財産を遺せます。
ただし、法定相続人(この場合は配偶者と娘)の遺留分を侵さない範囲で調整する必要があります。

遺言は、人生の比較的早い時期に自らの意思で作成されたとみられています。
正確な作成年や原本の内容・形式は、公的資料では確認できません。
ただ、生前のうちに将来の相続関係を整理しておこうとした意図はうかがえます。


遺言書の内容と形式

遺言書には、財産処分の指定のほか、祭祀(葬儀・墓)の扱いや執行者の指定などが含まれていたと伝えられています。
原本・検認記録などの一次資料は公表されておらず、形式(自筆証書遺言か公正証書遺言か)も特定できません。

写しや紹介記事が出ることはありますが、
形式まで公的に確認できる記録は残っていません。
とはいえ、“書いて残した”という事実そのものに意味があります。


制度で守るという選択

内縁の妻への遺贈

内縁の妻は民法上の法定相続人ではありません。
そのため、遺言がなければ財産を受け取る権利はありません。

報道・評論の一部では、内縁の宮城まり子氏に財産(権利)を遺す旨が遺言に含まれていたとされていますが、具体的な割合や内訳は一次資料では確認できません。
金銭的価値だけでなく、創作者としての「作品に対する権利」の行先を定めるという意味を持つ可能性がある、ということです。

相続人以外の人に権利を渡すと、税金はどうなるんですか?

こうした遺贈は相続税法2条1項9号に基づき“みなし相続財産”として相続税の課税対象になります。
さらに法定相続人以外への取得は2割加算(相続税法18条)の対象になるのが通常です。


つまり、税金の面では不利でも、法的に確実に渡す方法としては安定しています。
吉行氏の選択は“節税”より“制度で守る”に重心があったのでしょう。

遺留分との調整

法定相続人は配偶者と娘です。
両者には民法1028条で定められた遺留分があり、
遺贈の割合が大きすぎると「遺留分侵害額請求」の対象になります。

遺言書の価値は、“誰に何を渡すか”だけでなく、
“誰が納得できるか”も織り込んで書かれているかどうかです。
実務では、ここを外すと揉めます。

公開資料や報道の範囲では、相続をめぐる大きな争いが報じられた形跡は見当たりませんが、実際の手続きの詳細は明らかではありません。


文学者特有の財産 ― 著作権と印税

作家の遺産では、著作権と印税の扱いが重要です。
著作権は「財産評価基本通達185」に基づき、過去の印税実績や契約内容から評価します。

税務上は印税の発生時期にも注意が必要です。

  • 死亡前に発生し未払いの印税 … 相続財産
  • 死亡後に発生する印税 … 相続税の対象外(受取人の所得税課税

いつの収入か”で税目が変わります。
線引きを誤ると二重課税の火種になりますから、相続と所得の区分は丁寧に整理します。

文化的財産と寄附の非課税

吉行氏の蔵書・原稿の一部が文学館などに収蔵されたと伝えられています。

一般的に、相続税法12条では公共性の高い寄附は非課税とされます。
文化人の遺産では、こうした選択肢が取られることがあります。

“税金を減らす”より“作品を残す”。
作家の相続では、この価値判断が優先されることも少なくありません。


納税資金と延納の問題

法定相続人以外への遺贈では、配偶者控除などの軽減が使えません。
そのため、相続税の納付資金をどう確保するかが課題になります。

不動産や著作権などの“換金しにくい資産”中心だと、納税資金が厳しくなります。
延納はありますが、担保が必要。現実には“現金をどう残すか”の設計が肝です。


生命保険の活用 ― 制度を補う仕組み

吉行氏が生命保険を利用していたという記録は確認できていませんが、
一般的として内縁の女性に財産を残すケースでは生命保険の活用が有効です。

生命保険金は相続税法3条1項1号により「みなし相続財産」として課税されますが、
現金で受け取れるため納税資金の確保に役立ちます。

税額は上がりがちでも、資金が“確実に入る”効用は大きい。
遺言で権利を守り、保険で資金を備える——この二層の設計が現実的です。


公正証書遺言との比較

遺言には、自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言などの形式があります。
吉行氏の遺言の正式な形式は一次資料で特定できませんが、
自筆で作成されたと伝えられる記述があります。

もし今なら公正証書遺言が主流でしょう。
ただ、作家として“自分の筆跡で書く”ことに意味を見出したのかもしれませんね。


まとめ

吉行淳之介は、長年連れ添った内縁の女性に財産を遺す内容の遺言を残したと伝えられています。
婚姻関係にない相手への遺贈は、相続税法2条1項9号に定める「みなし相続財産」にあたり、税額の2割加算(同18条)の対象となります。

作家の遺産には、著作権や印税など、相続税と所得税の線引きが難しい財産が多く含まれます。
また、文化的価値の高い原稿や資料などを公共機関へ寄附した場合は、相続税法12条により非課税となることがあります。

一方で、内縁の配偶者には相続税の控除制度が適用されないため、納税資金の確保が課題になりやすいです。
その点、生命保険を活用すれば現金で受け取れるため、納税資金の準備手段として有効です。

吉行氏の遺言は、感情に頼るのではなく、制度を使って大切な人を守るという選択でした。

吉行氏の遺言は、内縁の妻を“制度で守る”という選択でした。
法を理解し、正しい手続で意思を残すこと――現実的でやさしい思いやりのかたちですね。


吉行淳之介さんのように、
家族のかたちが一つではない中で、
大切な人に想いをきちんと託したいと考えている方へ。

遺言や相続の設計は、財産の分け方を決めるだけでなく、
人生のつながりを自分の言葉で整理する時間でもあります。

弊所では、公正証書遺言の作成支援をはじめ、
遺贈・相続税の試算、相続人以外への財産承継など、
法的な制度を踏まえたサポートを行っています。

制度を理解しながら、あなたの想いを確かな形にしていくために。
どうぞご相談ください。

🔎 注意:出典について

本記事は、公開資料・報道・研究文献など一次確認が可能な範囲に基づき作成しています。
家族関係については、百科事典的資料の記述に依拠しています。ウィキペディア+1
遺言の作成年・原本の具体的内容・検認記録・具体的な遺贈割合などは、一次資料で確認できていません。
税務に関する説明は一般論
であり、吉行氏の相続に実際に適用されたかは公表情報からは不明です。

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