飯島愛──家族のような他人、他人のような家族

有名人の遺言書シリーズ — 遺す人、遺さない人、税理士が読み解く10の物語

遺言書は「いつか」ではなく「いま」考えるもの。
“その時”が来てからでは、もう本人の意志を確かめることはできません。

けれど、いざ書こうとすると、制度や形式の壁が高く感じられるものです。
そんなときは、有名人たちの遺言をのぞいてみましょう。
そこには、家族への想い、人生のけじめ、そして制度を通して想いを託す知恵が見えてきます。

2008年、元タレントの飯島愛さんが自宅で亡くなっているのが発見されました。
一部報道では「孤独死」と伝えられましたが、その表現は一面的です。
飯島さんは芸能活動を離れたあとも、自らの生き方を見つめ直し、
多くの友人たちから誠実でまっすぐな人柄として記憶されています。

その死が映し出したのは、飯島さん個人の人生だけでなく、
「家族という形式」と「関係の実質」とのずれが広がりつつある現代社会の姿でした。
家族がいても支え合えない。誰かとつながっていても、最期はひとりになる。
飯島さんの死は、現代社会が抱える孤立と関係性の課題を静かに浮かび上がらせたのです。

🗂 プロフィールメモ:飯島愛(いいじま・あい)

1972年東京都生まれ。本名・大久保真理子。タレント、エッセイストとしてテレビや出版界で活躍。
深夜番組『ギルガメッシュないと』などで注目を集め、歯に衣着せぬ発言と聡明なコメント力で幅広い世代に親しまれた。

その後、コメンテーターや作家としても活動し、自身の半生を綴った著書『プラトニック・セックス』(1998年)はベストセラーとなり、映画化・ドラマ化されるなど社会的反響を呼んだ。

2008年、自宅マンションで死去(享年36)。
死因の詳細は公表されず、華やかなメディア人生の幕切れは静かに、謎を残したまま受け止められた。
芸能界を早くに離れた後も、彼女の率直な言葉や生き方は、多くの女性たちの記憶に刻まれている。

目次

孤独に亡くなったとき、社会はどう動くか

誰かに看取られずに亡くなると、最初に動くのは警察です。
連絡が取れないことを心配した知人や近隣住民の通報をきっかけに、
警察が現場を確認し、死亡が正式に確認されます。

その後、自治体に通知が送られ、戸籍をたどって親族が調べられます。
該当する人が見つかれば、警察や自治体を通じて連絡が入ります。

「あなたは○○さんの相続人にあたります。」

長く音信不通だった名前を、行政文書の中で目にする――
そんな知らせから、相続は静かに始まります。

関係が終わっていても、戸籍の上では家族は続いています。
相続税法第1条の三(現行法)では、
相続や遺贈によって財産を取得した人が、相続税の納税義務者であると定められています。
感情の有無にかかわらず、法は一定の秩序のもとで淡々と進んでいきます。

「誰が相続人になるか」は戸籍で決まります。
感情や関係の有無は関係なく、法律上の親族関係がすべての出発点になるんです。

“他人みたいな家族”が相続するということ

疎遠な家族に遺産が渡ることもあれば、
亡くなった本人の暮らしをほとんど知らない親族が、突然、手続きを担うこともあります。

実務の現場では、こうしたケースにしばしば出会います。
銀行口座の場所が分からない。ネット証券や電子マネーが放置されている。
財産調査に時間がかかり、申告期限(相続の開始を知った日の翌日から10か月以内)に間に合わないこともあります。
不動産の処分が進まず、固定資産税や管理費が滞ることもあります。

いわば「手続きだけが残った家族」が、淡々と法的義務を果たしていきます。
その姿を見るたびに、相続とは財産の移転というよりも、
人の生きた証を社会に引き渡す作業なのだと感じます。

相続税の申告期限は「相続の開始を知った日の翌日から10か月以内」。
疎遠な関係なら“知らなかった期間”はカウントされません。
とはいえ、財産調査や協議に時間がかかるため、通知を受けたらすぐに動くことが大切です。


“家族のような他人”に託すという選択

飯島愛さんには、彼女を気にかける友人や支援者がいました。
家族ではありませんが、心の距離はむしろ近かったかもしれません。
もし、そのような人に財産や思いを託したいと考えるなら、
遺言書を準備しておくことが必要になります。

民法(現行法)において、遺言で定められるのは法が認めた事項に限られています。
現実的に多く用いられているのは、次の四つです。

  • 遺贈:家族以外の人や団体にも財産を遺せる(民法第964条以下)
  • 遺言執行者の指定:死後の手続きを信頼できる人に任せられる(民法第1006条)
  • 祭祀承継者の指定:遺骨や墓の扱いを決めておける(民法第897条)
  • 遺産分割方法の指定:不動産や預金の処理を具体的に示せる(民法第908条)

葬儀や散骨の方法は、遺言によって法的な拘束力を持つわけではありませんが、
自分の希望として記しておくことはできます。
遺言とは、単に財産の行き先を決めるためのものではなく、
自分の死後をどのように迎え、どのように記憶されたいかを言葉にして残す行為でもあります。

遺言執行者(いごんしっこうしゃ)とは?
遺言でどんなに明確に意思を示しても、それを実際に動かす人がいなければ、言葉は宙に浮いてしまいます。
その役割を担うのが遺言執行者です(民法第1006条以下)。

遺言執行者は、遺言の内容を現実に実行する立場にあり、
たとえば遺贈の手続きや寄附、名義変更など、遺言に定められた事項を具体的に行います。
遺言で指定された範囲については、相続人に代わって手続きを行う権限を持っています。

家族関係が複雑な場合や、特定の友人・支援者に財産を託したい場合には、
「遺言執行者を誰にするか」こそが、遺言を生かす鍵となります。
信頼できる第三者や専門職(弁護士・司法書士・税理士など)を指名しておくことで、
死後の手続きが円滑に進み、意思のとおりに財産が渡る可能性を高めることができます。

遺言書は「誰に・何を・どのように」渡したいかを明確にできます。
公正証書遺言なら、家庭裁判所の検認が不要で実務もスムーズです。


本当に血縁がいない場合の流れ

相続人がまったくいない場合、あるいは全員が相続を放棄した場合には、
家庭裁判所が相続財産管理人を選任します(民法第951条)。
管理人は、財産の調査や換価、債務の弁済などを行い、
この時点で財産は一時的に“宙に浮いた状態”になります。

被相続人と特別な関係があった人――
たとえば、長年の友人や介護をしていた人、生活を支えていた人などは、
**「特別縁故者」**として家庭裁判所に申立てを行うことで、
裁判所の判断によって財産の一部を分与してもらえる場合があります(民法第958条の3)。

特別縁故者が家庭裁判所の審判によって財産の分与を受けたときは、
その財産は相続税法上「みなし遺贈」として、相続税の課税対象になります(相続税法第3条第1項第3号)。
ただし、分与額が基礎控除(3,000万円)以内であれば、申告の必要はありません。
財産の内容や金額によっては申告義務が生じることもあるため、早めの確認が大切です。

孤立した死であっても、社会の中では手続きが最後まで淡々と続いていきます。

特別縁故者が家庭裁判所の審判で財産の分与を受けた場合、
その財産は相続税法上「みなし遺贈」として相続税の対象になります(相続税法第3条第1項第3号)。
ただし、基礎控除(3,000万円)以内なら申告は不要。
金額や内容によって申告義務が生じるかどうかが変わるため、分与が決まった時点で税理士に相談を。


遺言の意味――関係を形として残す

遺言は、
「他人のような家族」に余計な負担をかけないためのものであり、
同時に、「家族のような他人」に思いを託すためのものでもあります。

自分の財産をどのように分けたいのか。
誰に、何を渡したいのか。
そして、どんな最期を迎えたいのか。

その意思を書き残しておけば、たとえ家族が遠くにいても、手続きは確実に進みます。
遺言は、静かで確かな自己決定の手段なのです。

遺言は自分が亡くなったあとも思いを法的に届けるための仕組みです。
死後の世界にまで自分の意思を届かせる―遺言ならそれができます。

【コラム】遺骨の行方を決めておくということ

近年は、「家族の墓に入りたくない」「散骨してほしい」と望む人が増えています。

散骨については、1991年の法務省の見解が、
「葬送のための祭祀として社会通念上の節度をもって行われる限り、刑法190条(遺骨遺棄等)には該当しない」
と説明したとされています。
ただし、この見解はあくまで当時の口頭説明によるもので、
法務省や厚生労働省の公式通知として文書化されたものは確認されていません。

また、自治体によっては条例やガイドラインにより、
散骨の場所・方法・届出などに一定の制限を設けている場合があります。
希望を確実に実現するためには、死後事務委任契約を併せて結んでおくと安心です。


遺言だけでは届かないこと――死後事務というもうひとつの備え

遺言に葬儀や散骨の希望を書いても、それ自体には法的な効力はありません。
葬送の方法を確実に実行してもらうためには、
死後事務委任契約によって正式に依頼しておく必要があります(民法第643条)。

遺言が扱えるのは、財産の分け方や遺贈、遺言執行者の指定など、
法的に認められた行為に限られます。
葬儀・火葬・散骨・家財整理・公共料金の解約といった「死後の実務」までは含まれません。

死後事務委任契約は、生前に信頼できる人や専門家と結び、
亡くなったあとの生活上の手続を任せておくための仕組みです。
遺言が「意思」を法の言葉で残すものであるなら、
死後事務は、その外側にある暮らしのあとを、穏やかに片づけていく手続きといえます。

手続き法的性質主な内容効力が及ぶ時期
遺言民法上の単独行為財産の分け方、遺贈、遺言執行者の指定など死後に効力発生
死後事務委任契約委任契約(民法643条)葬儀、散骨、遺品整理、公共料金の解約など死後、受任者が実務を執行

まとめ: 最期のかたちを自分で決める――遺言が支える静かな備え

飯島愛さんは遺言を残さなかったとされています。
自分の死がそれほど近いとは思っていなかったのでしょうし、
日常の中でその必要性を感じる機会も少なかったのだと思います。

けれど、彼女の状況を考えれば、その備えは本来、もっとも必要とされていたものでした。
知らなかっただけで、遺言は彼女にとって「自分の生き方を守るための手段」になり得たはずです。
たとえ何らかの予感があったとしても、現実の終わりはあまりにも突然でした。

日本社会では今もなお、
「遺言を書く」という発想そのものが、日常から遠いままです。
家族との距離があり、周囲に支えてくれる友人や関係者がいたからこそ、
自分の思いや財産の行き先を、法的な形で残しておく意味は大きかったはずです。

飯島愛さんの死は、
現代社会が抱える“備え”の不足を映し出した出来事だったのかもしれません。
自由に生きることと、自分の死後をどう託すかを考えることは、
今も同じ線の上にあるのです。

飯島愛さんのように、
家族との距離を感じながらも、
自分のことは自分で備えておきたいと考えている方へ。

遺言は、「誰に遺すか」だけでなく、
まさかのときに、想いと財産をきちんと届けるための備えです。

今が元気でも、若くても、考えはじめるのに早すぎることはありません。
むしろ、落ち着いて判断できるときこそ、
自分の意思を明確にしておくことが大切です。

弊所では、公正証書遺言の作成サポートをはじめ、
相続税の試算や、生前の贈与・整理のご相談を承っています。
また、死後事務委任や見守り契約については、
提携する専門家と連携しながら、
いざという時にも安心できる体制を整えています。

どうぞご相談ください。
落ち着いた対話の中で、あなたらしい意思を形にしていくお手伝いをいたします。

🔎 注意:出典と表現について

本記事は、公開資料・報道・書籍・研究文献など、一次確認が可能な範囲に基づき執筆しています。
家族関係や経歴に関しては、百科事典的資料(ウィキペディアほか一般公開情報)を参照しています。

遺言の有無や内容、相続財産の具体的な構成、死因・死後の手続きなどについては、
一次資料や公式発表による確認はできていません。

文中の税務・法制度に関する説明(遺言の効力、公正証書遺言の方式、相続税の基本的仕組みなど)は、
一般的な制度解説として記載しています。
飯島愛さんの事例に実際に適用されたか、またその意図を示す発言は確認されていません。

参考法令・資料

国税庁タックスアンサー No.4301, No.4429 ほか(令和6年度改正対応)

相続税法(昭和25年法律第73号)第1条の三、第3条

民法(明治29年法律第89号)第897条、第908条、第951条、第958条の3、第964条、第1006条、第643条

法務省記者会見(平成3年10月)における散骨に関する見解(刑法190条関連)

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