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吉行淳之介の遺言書-内縁の妻に報いたい
有名人の遺言事情
遺言書の意欲を高めることを目的に有名人の遺言書に学ぶシリーズ。
今回取り上げるのは小説家吉行淳之介の遺言書です。
吉行淳之介といえば、とにかく女性にモテたことで有名です。正式の妻以外に複数の愛人がいたと言われています。その中でも「公認の愛人」(参考:Wikipedia)だったのが、今年3月に亡くなった女優の宮城まり子さんです。
ふたりが初めて出会ったとき、吉行には既に妻子がいました。彼は離婚を望みましたが、妻が離婚に応じなかったため、戸籍は生涯そのままでした。宮城さんは吉行が亡くなるまでの35年間、事実婚のパートナーとして吉行と同居生活を送りました。
事実婚のパートナーは法律で認められた相続人にはあたりません。自分の財産を法定相続人以外の人に遺したいなら、どのような遺言書を書けばいいのでしょうか?
吉行の遺言書を例に考えてみたいと思います。
吉行淳之介の遺言書
さっそく吉行の遺した遺言書をみてみましょう。
遺言者吉行淳之介は、この遺言書によって、左の遺言をする。
一、遺言者の有する全著作権の貳分の壹(注:1/2)の持ち分を、東京都世田谷区上野毛本目眞理子(注:宮城まり子の本名)に贈与する。
一、葬式は、本目眞理子を喪主として、右上野毛の同人の家で、無宗教で行うこと。入口で会葬者に花を渡し、会葬者がその花を遺言者の写真の前に置くようにすること。
一、東京都千代田区大島重夫を遺言執行者に指定する。
右遺言のため、遺言者みずからこの証書の全文を書き、日附および氏名を自書し、判を押した 。
昭和44年12月8日
東京都世田谷区上野毛
遺言者 吉行淳之介 印
葬儀の方法に関する指定は遺言事項には該当せず法的な効力はありませんが、附言事項として故人の希望を伝えることができます。
遺言書が書かれた背景
吉行淳之介はなぜ遺言書を書いたのか?
それは彼が築いてきた家族関係が、法律が想定する家族関係とは異なったものだったからに他なりません。
正式の妻とは別に事実婚のパートナーがいた吉行にとって、法定相続は違和感のあるものだったでしょう。
法律上の妻子がいるとはいえ、宮城と一緒に暮らした期間のほうがずっと長く、吉行の作品は宮城との同居生活あってこそのものでもありました。
もし遺言書を書かないまま吉行が亡くなれば、法定相続人でない宮城まり子は相続で蚊帳の外に置かれてしまう。それは自分の想いとは異なっていた。
事実婚のパートナーである宮城に財産を残し喪主を務めさせるため、吉行は遺言書を書く必要があったのです。
内縁の妻への遺贈と遺留分
内縁の妻や事実婚の妻は法定相続人ではないため、財産を相続できません。
ただし、法定相続人以外の人に財産を受け渡すことは認められており、この場合、相続ではなく遺贈と呼びます。
遺贈は遺言によって行います。
遺贈によって財産を受け取る人を受遺者といいます。
遺言書を書くにあたっては、受遺者の氏名や住所を記載して受遺者を特定できるようにするとともに、遺贈の対象となる財産についても明確に記載します。
吉行の遺言書には、自分の全著作権の1/2を宮城に贈与するとありました。したがって残る1/2の著作権を法律上の妻子が相続することになります。
法律上の妻や子には最低限の相続分である遺留分が認められています。吉行の場合、妻には全財産の1/4、子には全財産の1/4が遺留分があります。合計の遺留分は1/2です。
遺留分を侵害する遺言書を作ること自体は可能ですが、後になって遺留分侵害請求が相続人からあると、内縁の妻は結局、遺留分を払わざるを得ません。その過程で遺族相手に大変な思いをすることになります。
自分の死後そのような相続トラブルに宮城が巻き込まれるのを防ぐため、妻子の遺留分に配慮した遺言書をあらかじめ書いておくことにしたのでしょう。
内縁の妻を喪主に
葬式の喪主には内縁の妻である宮城まり子が指定されています。
葬式というのは、祭祀(さいし)の一種ですが、祭祀を主宰する人(祭祀主催者)の指定は遺言事項とされており、遺言の中で指定することができます。
「誰が祭祀主宰者を務めるか」は、遺産分割以上に相続トラブルの温床となりかねない問題です。それは「誰が葬式の喪主になるか」という形で最初に問題となります。
法律上、葬儀の喪主を誰が務めるかは決まっておらず、慣習によるとされています。実際には法律上の妻や子が喪主となるのがほとんどです。
内縁の妻を喪主にしたいなら、遺言書で祭祀主宰者に指定しておく。
そうすれば祭祀主宰者として法的な効力が生じるので、たとえ内縁の妻であっても法に認められた正式な喪主として堂々と葬式を執り行うできます。
祭祀主催者は、葬式の後も、お墓や位牌を引継ぎ、法事をどのようにしていくかも決めることになります。
MEMO
吉行とは時代背景も個別の事情も異なる一般の方の場合、葬式に関する事項を遺言書に書くのは止めたほうがいいでしょう。遺言書が読まれるタイミング次第では葬式に間に合わないことがあるからです。
遺言書の中で祭祀主宰者の指定はするにしても、喪主や葬式の方法については別途、親しい人に日頃から伝えておくか、エンディングノートのようなノートに書いて発見してもらいやすい場所に置くのが得策です。
どうしても法的効果を持たせたい場合には、死後事務委任契約を締結するやり方もあります。
以下の記事も参考にどうぞ。
[blogcard url=https://papillon-support.com/blog/shirasu-jiro/]
専門家を遺言執行者に
第三条では大島重夫氏を遺言執行者に指定すると書かれています。
もし遺言に遺言執行者が指定されていなければ、遺贈の実現には受遺者側だけの手続では足りず、相続人の協力が必要です。しかし、内縁の妻への遺贈においてそれは難しいケースが多いでしょう。
遺言書で指定しなくても相続発生後に家庭裁判所に申立てをして、遺言執行者を決めてもらうことができますが、慣れていない人にとって手続が大変ですし、執行まで時間もかかります。
内縁の妻への遺贈では遺言執行者が必要なのは明らかなのですから、あらかじめ遺言書で指定しておくべきです。
吉行淳之介は内縁の妻の宮城まり子が自分の死後スムーズに遺産を受け取れるようにするため、遺言書で遺言執行者を指定しました。
遺言執行者に指定された大島氏は、著作権の権威とされていた弁護士です。
これは著作権は評価や具体的な承継手続が難しい資産なので、その実務に通じた大島氏が選任されたと考えられます。また法律上の妻子との間に潜在的なトラブルを抱えた遺贈でもあり、紛争になったときのことも考えて弁護士である大島氏が白羽の矢が立ったのでしょう。
遺される人の笑顔のために
上で紹介した吉行の遺言書。最近の雑誌記事で作家の瀬戸内寂聴さんが少し違うことを語っているのを見つけました。
[blogcard url=https://dot.asahi.com/wa/2019090600061.html?page=3]
寂聴さんは吉行の遺言書の実物を見たことがあるそうです。
いつも使用の原稿用紙一枚に、御本人の達筆の万年筆の字で、のびのび書いてありました。
すべての動産、不動産は夫人に。
文筆の権利は、すべて宮城まり子さんに。
というものでした。それをこっそり見せてくれたまり子ちゃんの満足そうな笑顔を忘れられません。
全著作権の1/2を宮城まり子に、と書いてあった週刊誌の記事とは食い違っています。
実物が公開されていない以上、真相は不明ですが、少なくとも遺産分割の方法については著作権以外の財産についても言及のある寂聴さんの記憶が正しいような気がします。
なので細部の真偽についてはさておくことにして、それよりも「まり子ちゃんの満足そうな笑顔を忘れられません」という寂聴さんのコメントが印象的です。
遺言書は自分のためというよりは、人を幸せにするために書くものなんですね。
事実婚のパートナーがいる場合の遺言書の書き方
最後に事実婚のパートナーに財産を遺すための遺言書の書き方について、遺言相続専門の行政書士としての立場からポイントをまとめておきます。
事実婚のパートナーには、吉行のような内縁の妻だけでなく、
- 内縁の夫
- 同性婚のパートナー
なども含まれます。当てはまる方はぜひ参考にしてください。
事実婚のパートナーに財産を遺したいなら、遺言書で遺贈すべし。
何も対策せずになくなった場合、法定相続人でない事実婚のパートナーには遺産を受け取る権利はいっさいありません。
遺贈の対象となる財産と遺贈を受ける人が特定できるように書く。文言としては「○○に相続させる」ではなく「○○に遺贈する」と書く。
遺贈の対象となる財産を間違いなく特定できるようにしておきます。
受遺者は戸籍から特定することができないので、遺言書で具体的に記載することで特定できるようにしておく必要があります。
法律上のパートナーがいるときは、遺留分を請求される可能性が高いので、あらかじめ遺留分に配慮した内容とすべし。遺留分の算定にあたって財産評価をいいかげんにすると後の相続トラブルのもとになる恐れがある。専門家を交えて作成するのが安全。
吉行の場合は著作権でしたが、一般の方で多く当てはまるのは「土地」の評価です。土地は評価は難しく、評価額次第で遺留分が変わっています。
遺留分侵害額請求は遺言書の作成時に想定された土地の評価を巡って争いとなることが多いです。遺言者の近くにいた人が自分に有利な評価方法に基づいて書かせたのではないか、と疑われるのです。
それを防ぐためには、専門家の客観的なアドバイスに基づき遺言書を作成するのが安全といえるでしょう。
遺言書では法的に効力を持つ遺言事項として祭祀主宰者の指定が可能。
遺言書というと遺産分割のトラブル防止という面が強調されやすいのですが、事実婚のパートナーに遺す遺言書では祭祀主宰者の指定も重要な意味を持ちます。
遺言で祭祀主宰者に指定しておけば、たとえ内縁関係であっても正当な祭祀主宰者として堂々と葬式で喪主を務めたり、お骨や位牌を管理することができます。
遺言執行者は忘れず指定しておく。
遺言執行者がいないと、遺贈の実現が難しくなります。遺言執行者は死後に家庭裁判所に申し立てて選任してもらうこともできますが、事実婚のパートナーへの遺贈ではほぼ必須となるので、あらかじめ遺言書の中で指定しておきましょう。
遺言執行者には遺言の執行に必要ないっさいの行為をする権利を有すると法に定められていますが、実務上は、具体的な職務が明記されていないと、金融機関の内部ルールなどで、相続人の同意が必要となることがあります。
遺贈財産に金融資産が含まれる場合は、遺言執行者の指定と合わせて遺言執行者の権限についても入れておくと安心です。
遺言執行者は、遺言者名義の預貯金の名義変更、払戻、解約、遺言者名義の証券口座の名義変更、解約、有価証券の換金その他本遺言を執行するための一切の権限を有し、各手続又は行為をするにあたり、相続人の同意を必要としない。
遺言書を書くには早いと思われそうな年齢ですが、病弱な身体であったし、宮城との関係にも既に覚悟があったのでしょう。
事実婚では何ら対策しないまま亡くなるとパートナーに何も遺すことができません。