大学への遺贈寄附を考える⑤ 誰に相談するか、という問題

遺贈寄附を考え始めたとき、最初にぶつかるのは「誰に相談すればいいのか」という問題です。

インターネットで調べると、中間支援団体の無料相談窓口が見つかります。大学基金の案内ページもあります。信託銀行の遺言信託サービスも出てきます。どれも入口としては整っている。

ただ、それぞれが見ている範囲は異なります。

このシリーズでは、第3回で制度の基本構造を整理し、第4回で不動産や有価証券の寄附が現場でどんなズレを起こすかを見てきました。遺贈寄附には、税務・法務・財産評価・家族関係が複雑に絡みます。寄附だけを切り出して相談しても、全体が見えないまま進んでしまうことがある。

最終回となる今回は、相談先の役割と限界を整理したうえで、寄附を考え始めた方がまず何をすればいいかを考えます。

🔎このシリーズは、こんな場面で役立ちます

  • 大学基金で遺贈寄附の問い合わせを受けたとき、税務の全体像を把握しておきたい
  • 大学への寄附を考え始めたが、何から整理すればいいか分からない
  • 遺贈寄附の案件で、相続税に詳しい税理士を探している(信託銀行・士業の方)
目次

相談先の役割と、それぞれが見ている範囲

遺贈寄附に関わる相談先には、いくつかの種類があります。
中間支援団体、大学基金の窓口、信託銀行、弁護士・司法書士・税理士。

それぞれに役割があり、得意な領域があります。
どれが正しくてどれが間違い、ということではありません。ただ、扱っている範囲が違います。

その違いを理解しておくことが、相談する側にとっても、相談を受ける側にとっても大切だと思います。

中間支援団体の無料相談──入口としての役割

遺贈寄附に関する情報提供や寄附先の紹介、無料相談を行っている中間支援団体があります。

遺贈寄附について何も知らない段階で、方向性を確認するには適しています。入口としての価値は大きい。

こうした団体の多くは非営利で運営されています。
運営形態は団体によって異なりますが、相談者からマッチング手数料を取る仕組みではなく、寄附の受入先となる団体や企業からの会費・協賛金、あるいは研修事業の収入で支えられているケースが多いようです。

相談が無料で提供できるのは、そうした仕組みがあるからです。それ自体は一つのモデルとして機能しています。

ただ、団体の成り立ちが「遺贈寄附を広げる」ことにある以上、支援の設計は基本的に寄附を実現する方向に向いています。
理した結果、寄附しないという結論もあり得ますが、そのプロセスまで丁寧に扱えるかどうかは、団体ごとに差があります。

また、無料相談で扱えるのは、一般的な情報提供や制度の概要までです。
個別の財産状況に基づく税務判断や遺留分の検討には、資格を持つ専門家による有料の個別相談が必要になります。

中間支援団体によっては、提携する士業を紹介してくれることもあります。
ただし、その専門家も寄附の実現を支援する枠組みの中にいることが多い点は、意識しておいたほうがいいかもしれません。

大学基金事務局──寄附の受け入れ窓口

大学への寄附を決めた方、あるいはかなり具体的に検討している方が連絡するのは、多くの場合、大学の基金事務局です。

基金事務局は、寄附の受入案内や手続きの流れを説明し、寄附者の「届けたい」という気持ちを受け止める窓口です。芳名録や活動報告書など、感謝の仕組みを整えているところも多い。寄附者にとって、大学との接点になる大切な場所です。

ただし、基金事務局の担当者は、税務や相続の専門家ではありません。
大学によっては提携する士業がいることもありますが、その専門家は寄附を法的・税務的に成立させる手続きの支援が中心であり、寄附者の財産全体を見て、寄附の是非まで含めて一緒に考える立場にあるとは限りません。
第1回で書いたように、大学は寄附を受け入れる側であり、寄附者の財産全体を見る役割は、大学の外にあります。

問い合わせを受けたとき、基金事務局が対応に困る場面があります。

寄附者から不動産の寄附を申し出られたとき。
みなし譲渡所得課税や措置法40条の非課税承認の話が出てきたとき。
遺留分の問題が見えたとき。
こうした場面は、基金事務局だけでは対応しきれません。

第4回で見たように、制度が求める「財産そのもの」と、大学が求める「現金」のズレは、基金事務局の担当者が日常的に直面している問題です。
「不動産は原則として換価後のご寄附をお願いしております」──この方針は大学として合理的ですが、それを伝えたとき、寄附者が戸惑うこともある。

基金事務局にとって必要なのは、寄附者から税務や相続の相談が出てきたときに、安心して紹介できる外部の専門家です。
寄附を壊さず、寄附者の状況を全体として受け止められる専門家がいれば、基金事務局の対応の幅は広がります。

逆に、税理士の側も、大学の受入方針や手続きの実情を知っていなければ、寄附者に適切な助言はできません。
互いの業務を理解していることが、連携の前提になります。

信託銀行──大学基金の先にある実務の担い手

多くの大学基金は、遺贈寄附の実務を支えるために信託銀行と提携しています。
寄附者が基金事務局に相談すると、遺言書の作成や保管、将来の遺言執行については、提携先の信託銀行を紹介される流れが一般的です。

大学にとって、このルートには合理性があります。
遺贈寄附が確実に届くためには、遺言の作成から執行までを専門的に担う存在が必要です。
信託銀行が遺言執行者となれば、大学側は寄附の受け入れに集中できる。
遺言執行者の問題がクリアされるという点で、大学にとっても寄附者にとっても安心感のある仕組みです。

信託銀行と聞くと縁遠く感じる方もいるかもしれません。
ただ、大学に相談した時点で、このルートに乗る可能性は高い。
信託銀行の遺言信託サービスには所定の手数料がかかりますが、遺言の作成支援から保管、執行までを一貫して任せられるのは、大きな利点です。

ただし、信託銀行の本業は遺言の執行と財産の管理・分配です。
相続税の申告は税理士の業務であるため、実際の申告は、案件に応じて税理士が担うことになります。

遺贈寄附に不動産や有価証券が含まれる場合、第4回で見たような税務上の論点が絡んできます。
こうした論点に対応できるかどうかは、担当する税理士の経験にもよります。

士業──弁護士・司法書士・税理士の役割

遺贈寄附に関わる士業は、弁護士、司法書士、税理士です。

弁護士と司法書士は、遺言書の作成、遺言執行、遺留分の問題など、法律面を担います。
特に司法書士は、不動産が含まれる場合の名義変更(登記手続き)の実務も担います。
遺贈寄附では、故人の名義から大学名義へ、あるいは相続人名義を経由して移転登記をする場面が生じるため、司法書士の役割は重要です。

税理士は、相続税の申告、財産の評価、譲渡所得税や非課税特例の検討など、税務面を担います。

ただし、税理士に相談するといっても、どの税理士でもいいわけではありません。

税理士の業務範囲は広く、法人の顧問税理士として決算や確定申告を中心に扱っている方が大半です。
相続税の申告を日常的に扱っている税理士は一部ですし、遺贈寄附が絡む場面となると、さらに限られます。

相続税の申告を専門に扱い、一人の方の財産と人生の全体を丁寧に見る税理士であれば、遺贈寄附の相談にも対応しやすい立場にいます。

相続税の申告は、財産の種類や名義、過去の収支、家族の関係を一つずつ確認していく作業です。
その過程で、寄附の履歴や故人の意思が見えてくることもある。
財産全体を整理する中で、寄附という選択肢をどう位置づけるかを一緒に考えることができます。

ただし、遺贈寄附が絡む場面では、通常の相続税申告とは異なる論点が加わります。
みなし譲渡所得課税、措置法40条の非課税承認、措置法70条の適用要件と大学の受入方針のズレ。
このシリーズの第3回・第4回で見てきたような問題に対応するには、相続税の実務経験に加えて、寄附に関わる税務の知識が必要です。

迷っている段階で、できること

寄附するかどうか、まだ決められない。それでいいと思います。

ただ、いずれ決めるときのために、整理しておけることはあります。
決めてから準備するのではなく、準備しておくことで、決められるようになる。そういう順序のほうが、うまくいくことが多い。

まず、自分の財産の全体像を把握しておくことです。
不動産、有価証券、預貯金、保険。何をどれだけ持っているのか。名義はどうなっているか。いわゆる「名寄せ」の作業です。
昔つくったまま忘れている証券口座や、共有名義の不動産など、遺贈寄附を考える過程で初めて自分の財産の輪郭がはっきりすることは珍しくありません。
これは寄附の話に限らず、相続の準備として大切なことです。

次に、家族の状況を確認しておくことです。相続人は誰か。遺留分の問題はあるか。
第3回で触れたように、遺留分を侵害する遺言は紛争の原因になります。
そして、寄附を考えていることを家族が知っているかどうか。知らなければ、相続が起きた後に戸惑うのは家族です。

寄附先についても確認しておきたいことがあります。
大学の基金がどのように運営されているか。寄附金の使途は公開されているか。不動産や有価証券を受け入れる体制があるかどうか。
第4回で見たように、大学によって受入方針は異なります。

そして、遺言書を作成しておくことです。
寄附の意思があるなら、それを法的な形で残す。遺言執行者も指定しておく。
遺言がなくても、家族に意思を伝えておけば、相続人が寄附してくれることはあります。ただ、その場合は相続人の判断に委ねられます。
確実に届けたいなら、遺言書に書いておくのが一番です。
寄附するかどうかまだ迷っていたとしても、遺言書をつくること自体は、人生の整理として意味のあることです。

こうした整理は、一人で全部やる必要はありません。
迷っている段階で、専門家に相談することができます。
決めてから相談するのではなく、決める前に相談する。
税務と法務の両面から、寄附の方法や影響を確認しておくことが、判断の材料になります。

整理した結果、寄附しないという結論になることもあります。それは、それでいい。
大切なのは、整理したうえで決めることです。

おわりに──全体を整理するということ

このシリーズでは全5回にわたり、大学への遺贈寄附を、制度と現場の両面から整理してきました。

第1回で書いたとおり、このシリーズは寄附を勧めるものでも、否定するものでもありません。
寄附するかどうかは、財産や家族の状況を含めた全体を整理したうえで、ご本人が決めることです。

大切なのは、寄附ありきで考えることではなく、全体を整理したうえで、選択肢の一つとして寄附を考えること。

その整理は、生前から始めることができます。財産の全体、家族の関係、寄附の意思。
こうしたことを、相続が起きる前の段階で一緒に整理できる専門家がいると、判断の材料が揃います。

迷っている段階で相談できる場所があること。そのことを知っておいていただければ、と思います。

このシリーズでは、大学への遺贈寄附を日本の制度と実務から整理しました。

米国の大学では、生前の寄附から遺贈寄附への流れを組織的に設計する仕組み(Planned Giving)が長い歴史を持っています。
大学基金の運営体制、寄附者の外部専門家との連携、税制の違い──日米の比較から見えてくることを、スピンオフとして別の記事で取り上げる予定です。

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