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中山美穂――相続のゆくえ(もし相続放棄があったとしたら)

有名人の遺言書シリーズ — 遺す人、遺さない人、税理士が読み解く10の物語
遺言書は「いつか」ではなく「いま」考えるもの。
“その時”が来てからでは、もう本人の意志を確かめることはできません。
けれど、いざ書こうとすると、制度や形式の壁が高く感じられるものです。
そんなときは、有名人たちの遺言をのぞいてみましょう。
そこには、家族への想い、人生のけじめ、そして制度を通して想いを託す知恵が見えてきます。
人が亡くなると、時間が止まったように感じられることがあります。
喪失、現実感のなさ、心が追いつかない日々。
しかし、法律は感情が整うまで待ってはくれません。
死亡と同時に、相続という仕組みが淡々と動き始めます。
そこから先は、気持ちや関係性ではなく、
戸籍上の続柄・相続順位・期限・必要な書類――つまり法律上のルールによって進んでいきます。
2024年12月、女優・中山美穂さんが亡くなったという報道がありました。
一部報道では「長男が相続放棄した」と伝えられていますが、
現時点で家庭裁判所で手続きが正式に成立したことを裏付ける公的情報はありません。
そのため、本稿では個別事情を断定せず、
「あくまで仮にそうだった場合」を前提に、相続放棄と相続順位の仕組みを解説します。
そのうえで浮かび上がる問いは、これです。
もし唯一の相続人が相続を放棄した場合、相続はどこへ向かうのか?
🗂 プロフィールメモ:中山美穂(なかやま・みほ)
1970年東京都生まれ。歌手・俳優として昭和後期〜平成の芸能シーンを象徴する存在。
1980年代後半、ドラマ『ママはアイドル!』で一躍ブレイク。透明感のある佇まいと可憐さ、芯の強さを併せ持つ存在感で“トップアイドル以上の女優”として確立した。
『ただ泣きたくなるの』『世界中の誰よりきっと』など多くのヒット曲を持ち、映画『Love Letter』(1995年)では国内外から高く評価された。
2002年、結婚を機にフランスへ拠点を移し、育児と仕事を両立しながら、距離を保った形で活動を継続。その静かな選択は、時に賛否を呼びつつも、多くの女性の価値観に影響を与えたとされる。
2024年死去(享年54)。
詳細は公表されず、報道と憶測のあいだで語られながらも、その最期は静かに受け止められている。
スクリーンと音楽に刻まれた声と存在感は、今もなお、多くの人の記憶に残り続けている。
本稿は、公開された報道内容を素材として、
「仮に報じられている状況が成り立つとしたら、法律上どのような仕組みが動くのか」を解説するものです。
個別事情やご家族の意図を推測・断定する目的ではありません。
相続人は誰になるのか(※仮定に基づく位置づけ)
報道されている内容が事実であれば、中山美穂さんには長男がいます。
日本の相続では、子がいる場合、その子が第一順位の相続人となります。
また、相続では配偶者は常に相続人となりますが、
中山さんは離婚されていたため、相続開始時点では配偶者はいなかったものと考えられます。
ここまでを前提にすると、今回のケースでは、
相続人は「美穂さんの子」になる可能性が高いと言えます。
相続の法律では、
相続人がどのように決まるのかが明確に定められています。相続では、まず子がいる場合、その子が相続人になります(第一順位)。
子がいない場合は親や祖父母(第二順位)、さらにそれもいなければ兄弟姉妹(第三順位)へと順位が移っていきます。
そしてもうひとつ重要な点として、
配偶者がいる場合、その人は必ず相続人となります。
ほかの相続人が誰であっても、この位置づけは変わりません。
- 子(第一順位)
- 子がいない場合 → 父母・祖父母(直系尊属)(第二順位)
- それもいなければ → 兄弟姉妹(第三順位)
※配偶者は、必ず相続人になります。
法定相続人は、実際の家族関係の距離感や絆と、必ずしも一致しません。
生前の関係が希薄でも、疎遠でも、非常に近くても、
法律は「戸籍上どういう関係か」だけを基準に相続人を決めていきます。

相続人は、「誰が支えてきたか」ではなく、「誰がどういう続柄か」で決まる――
ここに、感情と法律のズレが生じやすくなるんです。
唯一の相続人に許される選択肢は限られる
仮に、中山美穂さんの相続人が長男お一人だけだったとします。
この場合、複数相続人がいるケースのように、
•「話し合いで自分だけ受け取らない」
•「遺産分割で取り分ゼロにしてもらう」
といった調整はできません。
そもそも相続人がひとりの場合、遺産分割協議そのものが成立しません。
遺産分割は「複数の相続人のあいだでどう分けるか」を決める話し合いなので、
相続人が単独であれば、「取り分ゼロにする」という合意のしようがないのです。
そのうえで、相続人としての地位そのものを手放したいのであれば、
家庭裁判所に「相続放棄」を申し立てることが、実務上ほぼ唯一の手段になります。
| 方法 | 複数相続人 | 相続人がひとり | 結果 |
| 遺産分割で「受け取らない」に合意 | 可能 | 不可(単独相続では遺産分割協議が成立せず、相続人の地位は残る) | 相続人の地位は残る |
| 相続放棄 | 可能 | 実質唯一の辞退手段 | 最初から相続人でなかった扱い |
なお、
「いったん相続人としてすべてを引き継いだうえで、その財産を他の人に贈与したり売却したりする」ことは、別の問題として可能です。
ただしこの場合でも、借金などの債務は相続人のまま負うことになり、
「相続人としての地位から降りる」ことにはなりません。
相続では、「何もしない=断る」にはなりません。
とくに相続人がひとりだけのときは、
家庭裁判所に「相続放棄の申述」をしないかぎり、
すべてを相続したものとして扱われます。



「気持ちとしては受け取りたくない」「放っておけば辞退したことになるだろう」と考えてしまうと、
法律上の扱いとはズレてしまう点に注意が必要ですね。
海外在住でも期限は変わらない──熟慮期間
報道によれば、長男はフランスに在住とされています。
仮に、報道されているようにフランス在住の長男さんが相続放棄をするとしたら、
日本に住む相続人とは少し違うハードルが出てきます。
- 民法上は「自己のために相続の開始があったことを知った時」から 3か月以内 (通常は、「亡くなったこと」と「自分が相続人になったこと」を知った日が起算点になります)
- 必要であれば、家庭裁判所に「期間延長の申立て」が可能
- 海外居住であっても、このルール自体は変わりません
もっとも、海外在住者の場合には、
「いつ相続開始の事実を知ったと評価されるか」という点について、
国内居住者とは事情が異なるとして、実務上一定の配慮がなされる余地はあります。
ただし、自動的に「3か月が延びる」わけではなく、
期間を延ばしたいなら、やはり3か月以内に家庭裁判所へ「期間伸長の申立て」を行う必要があります。
では、海外から相続放棄をしようとすると、どのような手順が想定されるでしょうか。
- 日本の家庭裁判所宛に「相続放棄申述書」を作成
- 戸籍謄本など、必要書類を日本から取り寄せるか、親族に依頼
- 在外公館(大使館・領事館)で署名証明を取るケースもある
- 書類を日本の家庭裁判所に国際郵便で送付
- 裁判所から「補正してください」という連絡が来れば、再度やり取り
といった流れになります。
国内であれば、書類の取り寄せから提出までを3か月内におさめることも比較的現実的ですが、
海外からだと、
• 書類のやり取りに時間がかかる
• 翻訳や署名証明に手間がかかる
• 国際郵便の遅延リスクもある
など、物理的な距離が実務上の負担としてのしかかってきます。
海外在住だからといって、法律上の期限が「3か月+α」に自動で延びるわけではありません。
原則として、家庭裁判所に相続放棄の申述が期限内に到達することが求められますし、
延長を希望するなら、やはり期限内に「期間延長の申立て」を行う必要があります。



国境は、法律上の期限を変えてはくれません。「3か月」という時間をどう使うかが、国内以上にシビアなテーマになります。
相続放棄が成立した場合、相続はどこへ向かうのか
まず、今回の報道をいったん前提にしてみます。
仮に、美穂さんの長男が相続放棄を申し立て、
その相続放棄が家庭裁判所で正式に受理されたとします。
そのとき、相続はどこへ向かうのでしょうか。
相続放棄とは、相続人の立場を法律上失う手続きです。
放棄が家庭裁判所で受理されると、その人ははじめから相続人ではなかったものとして扱われます。
ここでポイントになるのは、相続放棄は「相続を止める」ものではないということです。
放棄によって空いた位置は、次の順位に沿って相続権が移動していきます。
仕組みを整理するとこうなります👇
📎 相続放棄があった場合の相続の動き
• 子が複数いる場合
→ 放棄した人だけが相続人から外れ、残った子が相続します。
• 子がひとりの場合
→ その人が相続放棄すると、子はいないものとして扱われ、相続権は次順位へ移ります。
• 次順位の相続人(直系尊属)がいない、または放棄した場合
→ さらに次の順位である兄弟姉妹へ移ります。
• 兄弟姉妹がすでに亡くなっている場合
→ 甥や姪が代襲相続人となり得ます。
この一般ルールを、もう一度今回の報道に仮に当てはめてみます。
- 中山美穂さんが亡くなる
- 子がいるので、第一順位の相続人は長男になる
- 仮に、この長男が中山さんの相続を相続放棄し、その放棄が家庭裁判所で受理されたとする
- 中山さんの父はすでに亡くなっていると報じられているため、
次の順位の相続人は母になる - さらに、母も相続放棄をしたり、すでに亡くなっていたりする場合には、
妹である中山忍さんなど、兄弟姉妹が相続人となる
ここからもう一歩だけ先の話をすると:
母の相続が発生した場合、法律上の相続人は「子」になります。
今回のケースに当てはめると、妹である中山忍さんが相続人となります。
一方で、長女である中山美穂さんはすでに亡くなっています。
このように、相続人となるはずの人が先に亡くなっている場合、
その人に子がいれば、代襲相続により、その子が代わりに相続人となります。
つまり、母の相続においては、
• 忍さん(相続人)
• 長男(美穂さんの代襲相続人)
という形で相続人が構成される可能性があります。
もっとも、長男はこの「母の相続」についても、別途相続放棄を選ぶことができます。
その場合は、母を被相続人とする別の相続として、あらためて熟慮期間がスタートし、家庭裁判所への申述が必要になります。
相続放棄は、「自分だけが相続から降りて終わり」という手続きではありません。
相続放棄によって外れるのはその人が関わる“その相続”に限られます。
そして、放棄によって生じる影響は自分だけではなく、
親・兄弟姉妹・甥や姪など、次の順位にいる人へ順番に広がっていきます。
特に注意が必要なのは、次のような点です。
- 相続放棄があると、次順位の人が相続人にならざるを得ない場合がある
- 次順位の人は、相続財産だけでなく債務(借金や未払い金)も相続対象になる可能性がある
- 放棄した本人が「相続は関係なくなった」と思っていても、家族内で負担が移動する形となり、別の場面で再び相続に登場する可能性がある
つまり、相続放棄は相続を受けるかどうかを選べる「拒否する権利」ですが、
その権利行使は、自分だけの問題では終わりません。
放棄すると、その相続権は消えるのではなく、
次の順位の相続人へ移動します。
そのため、財産だけでなく、債務が引き継がれる可能性も含め、
その影響は家族全体に波及します。たとえば今回のケースのように、
• まず中山美穂さんの相続があり
• その後、母の相続が起こり得る
というように相続が時間差で複数回発生する場合、
ある相続では相続放棄しても、
別の相続では再び相続人になる可能性がある
という点も押さえておく必要があります。



相続放棄には、法律上の順位に従って相続人が移動するという側面もあります。
だからこそ、放棄する前に、自分だけでなく“次に影響を受ける人”を確認することが大切です。
遺言――血縁順位ではなく「自分で選んだ順序」
これまでのインタビューやメディアの場面では、
妹である中山忍さんが、節目ごとに姉への敬意や感謝の言葉を口にしている様子が紹介されてきました。
一方で、母との関係については、「距離」や「わだかまり」があったとも報じられています。
その内実は、家族にしか分からない部分が大きいでしょう。
しかし、どれほど複雑な感情があったとしても――
法律は、その温度差を知りません。
相続はルールに従って動き、
親子関係や姉妹関係の「濃さ」や「歴史」は、原則として考慮されません。
けれども、もし中山美穂さんが遺言を残していたとしたらどうでしょうか。
• 海外に住む長男に、どの財産をどのような形で残すのか
• 母と妹に、どのような役割や配慮を求めるのか
• 知的財産(作品や肖像の利用など)の窓口を、誰に託すのか
こういったことを、生前の価値観に沿って整理し、
ある程度はっきりと方向づけることができたはずです。
- 遺言は、法定相続分よりも優先して効力を持つ
- 原則として、配偶者や子などが相続人の場合、 「全体として遺産の1/2」が遺留分の合計となり、各人の遺留分は「法定相続分 × 1/2」で計算されます
(直系尊属だけが相続人のケースでは、全体で遺産の1/3が遺留分になります)
ただし遺留分は、権利者が請求しなければ調整は発生しません



遺言は、法律に逆らうための道具ではありません。
法律という「枠」に、
その人なりの関係性・価値観・物語を訳して流し込むためのツール
だと考えてみてください。
終章――遺言を書くにはまだ早かった?
今回の報道がどこまで事実なのかは分かりません。
ただ、このニュースが浮かび上がらせる視点があります。
相続は、亡くなったあとに始まりますが、
自分の考えや望みを形にできるのは、考えを選び取れる今の時間だけということ。
年齢、生活拠点、家族構成、人間関係が複雑になればなるほど、
遺言や意思表示は「いつか時間ができたら」ではなく、
生活設計の一部として考える意味を持ってきます。
中山美穂さんは、まだ「相続を考える年齢」とは一般的に呼ばれないタイミングで亡くなりました。
しかし、
• 海外在住の長男
• 関係が微妙だと報じられた母
• 公の場で姉への言葉を重ねてきた妹
こうした、多層的で必ずしも単純ではない家族関係を考えると、
遺言は「若いからまだ早い」ではなく備えておくべき選択肢のひとつだったのかもしれません。
もし、生前に遺言が用意されていたとしたら――
• 海外在住の長男への配慮
• 母との距離感をふまえた財産の任せ方
• 妹に託したい役割(たとえば、作品や名前の守り手としての位置づけ)
などを、ある程度はっきりと示すことができたかもしれません。
そのこと自体が、ご遺族にとっての負担をゼロにするわけではありませんが、
迷ったときに立ち返る「拠りどころ」にはなり得ます。
相続は、法律と感情が交差する場所です。
法律は戸籍と順位で淡々と進みますが、
人間関係や思いまでは、そこに反映されません。
だからこそ、
法律ではすくい取れない部分を言葉として残す手段――遺言――が意味を持ちます。
遺言は、亡くなる前ならいつでも書けるものではありません。
自分の意思を理解し、判断し、それを言葉にできる状態でなければ、法的な効力は成立しません。
だから――
「いつか」ではなく、意思を示せる今。
その選択が、残された人の迷いや負担を軽くします。
