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高倉健 ― 養子縁組という家族の設計

有名人の遺言書シリーズ — 遺す人、遺さない人、税理士が読み解く10の物語
遺言書は「いつか」ではなく「いま」考えるもの。
“その時”が来てからでは、もう本人の意志を確かめることはできません。
けれど、いざ書こうとすると、制度や形式の壁が高く感じられるものです。
そんなときは、有名人たちの遺言をのぞいてみましょう。
そこには、家族への想い、人生のけじめ、そして制度を通して想いを託す知恵が見えてきます。
大切な人に財産を遺したい。
その想いを形にする方法は、ひとつではありません。
結婚する。遺言を書く。あるいは――養子縁組という方法もあります。
俳優・高倉健さんは、晩年のパートナーに財産を遺すにあたり、再婚ではなく養子縁組という制度を選びました。
長年連れ添った女性を「妻」ではなく「養女」として迎え入れるという、一見すると不思議にも見える選択。
けれどその背景には、個人の価値観と制度の構造が交差する、静かな判断がありました。
この記事では、高倉健さんの選択を手がかりに、「大切な人を守るために、どの制度を選ぶか」という問いについて考えていきます。
🗂 プロフィールメモ:高倉健(たかくら・けん)
1931年、福岡県中間市生まれ。本名・小田剛一。
東映を代表する映画俳優として、‘網走番外地’シリーズ、‘昭和残侠伝’シリーズなど200本を超える作品に出演。
1977年の映画‘幸福の黄色いハンカチ’、1999年の‘鉄道員(ぽっぽや)’など、寡黙で誠実な男性像を体現し、世代を超えて愛された。
1959年、歌手の江利チエミと結婚。子を授かるも、妊娠中毒症により中絶を余儀なくされた。1971年に離婚。以後、再婚はしていない。
1996年頃から、のちに養女となる女性と同居生活を始めたとされる。2013年に養子縁組が成立。
2014年11月、悪性リンパ腫により死去。享年83。
自筆の遺言書も作成しており、養女への全財産の相続を指示していたと報じられている。
本稿は、公開された報道内容を素材として、「仮に報じられている状況が成り立つとしたら、法律上どのような仕組みが動くのか」を解説するものです。個別事情やご家族の意図を推測・断定する目的ではありません。あくまで『人はなぜその決断をしたのか』を税務と心理の両面から考察し、皆様の将来に活かしていただくためのケーススタディです。
パートナーに財産を遺す三つの方法
大切なパートナーに財産を遺す方法は、大きく三つあります。
結婚(婚姻)、遺言による遺贈、そして養子縁組です。
このシリーズで紹介した樹木希林さんは婚姻を維持する選択をし、吉行淳之介さんは内縁の妻への遺贈を選び、高倉健さんは養子縁組を選びました。
三つの制度には、それぞれ異なる効果と限界があります。
✓ 法定相続人
✓ 2割加算なし
✗ 法定相続人にならない
✗ 2割加算あり
✓ 法定相続人
✓ 2割加算 原則なし
どの方法がもっとも有利かは、家族構成、財産の規模、そして本人の価値観によって異なります。
実務では複数の制度を検討し、組み合わせて使うこともあります。
遺贈は、身分関係を一切変えずに財産を遺せるという点で、もっとも柔軟な手段です。
関係が変われば遺言を撤回すればよく、戸籍にも影響しません。
税務上は不利ですが、「関係性を制度に固定したくない」という判断には合理性があります。
婚姻届と養子縁組届は、どちらも役所に届け出る「紙一枚」で法律上の身分関係が変わるという点では同じです。
にもかかわらず、本人にとっての意味は同じではないのかもしれません。
高倉さんは、離婚を経験した婚姻届には踏み出さず、養子縁組届を選びました。
ただし、制度の構造としては、養子縁組のほうがむしろ重い面があります。
婚姻は夫婦双方の合意による協議離婚で比較的容易に解消できますが、養子縁組の離縁は、とくに一方が望まない場合には裁判手続きが必要となるなど、解消のハードルが高くなることがあります。
制度を選ぶということは、単に税務上の有利不利だけの問題ではありません。
その届出が持つ法的な重さ、解消の難しさ、そして自分自身の経験や価値観との折り合い。
それらを総合して判断するものです。
パートナーとの養子縁組が検討されるケース
異性カップルの場合、婚姻していればパートナーは当然に法定相続人になります。
多くの場合、相続のために婚姻するというよりも、婚姻関係があること自体が相続権の基盤になっています。
ただし、パートナーがいても婚姻を選ばない――あるいは選べないケースがあります。
すでに法律上の配偶者がいる場合は、日本では重婚が認められていないため、そもそも婚姻という選択肢が存在しません。吉行淳之介さんのケースがこれにあたります。
また、離婚経験から再婚に踏み出せない場合、婚姻という制度そのものに距離を置く場合、あるいは社会的なイメージへの配慮が必要な場合もあります。
こうしたとき、婚姻は「当然の前提」ではなく「選択肢のひとつ」――あるいは選べない選択肢――となり、遺贈や養子縁組との比較が現実の判断として意味を持ちはじめます。
芸能人やパブリックな人物の場合、婚姻届の提出はメディアに報じられる可能性がありますが、養子縁組は婚姻に比べて公になりにくく、本人の社会的なイメージへの影響が小さいという面もあります。
一方、同性カップルの場合は事情が異なります。
現行の日本法では同性間の婚姻は認められていないため、養子縁組が法的な家族関係を作る現実的な手段として使われてきました。
相続権の確保、医療同意の場面での立場の保全、あるいは公営住宅の入居要件など、婚姻で得られるはずの法的保護を代替する手段として、養子縁組が選ばれているのが実務の現状です。
いずれの場合も、養子縁組は法律上の親子関係を生じさせるという重さを伴います。
対等であるはずのパートナー関係に、制度上の上下関係を持ち込むことへの違和感を抱く人も少なくありません。
制度を選ぶ際には、その効果と限界の両方を理解しておくことが大切です。
以下では、高倉健さんがなぜ養子縁組を選んだのか、その法的効果と税務上の帰結を詳しく見ていきます。
高倉健と家族関係
高倉健さんの家族構成を、相続の観点から整理します。
1959年、歌手の江利チエミと結婚。しかし1971年に離婚し、以後、法律上の再婚はしていません。
二人の間に生まれた子はいませんでした。
高倉さんは4人きょうだいの次男として生まれましたが、兄と姉はすでに亡くなっており、亡くなった時点で存命だった血縁者は、実妹が一人でした。
もし養子縁組がなければ、高倉さんの法定相続人は実妹(第三順位)だけだったことになります。
しかし高倉さんは、約17年にわたり生活を共にしてきた女性と、2013年5月に養子縁組を結びました。
亡くなる約1年半前のことです。
この養子縁組により、養女は法定相続人の第一順位(子)となり、実妹の相続権は消滅しました。

養子縁組は亡くなる直前でも有効なんですか?



はい。養子縁組の届出が受理されれば、その時点から法律上の親子関係が成立します。時期の早い遅いは、法的な効力に影響しません。
ただし、相続税の基礎控除での養子の数には制限があります。
なぜ「結婚」ではなく「養子縁組」だったのか
大切なパートナーに財産を遺すなら、もっとも一般的な方法は結婚です。
配偶者は常に法定相続人となり、相続税法上も「配偶者の税額軽減」という強力な制度が用意されています。
法定相続分または1億6千万円のいずれか大きい金額まで、相続税がかかりません。
40億円ともいわれる高倉さんの遺産規模を考えれば、婚姻による税務上のメリットは極めて大きかったはずです。
それでも高倉さんは、再婚ではなく養子縁組を選びました。
その理由について、公式な説明はありません。
ただし、養女がインタビューで語ったとされる言葉が、ひとつの手がかりになります。
高倉さんは、江利チエミとの離婚について、「本当に好きだった。なのに紙一枚で離婚という結果になって……あの書類は、どんな意味があるんだろう」と話していたと伝えられています。
婚姻届という「紙一枚」に対する深い不信感。
一度の離婚が、婚姻制度そのものへの疑問として、長く心に残っていたのかもしれません。
制度の選択は、人生観の反映でもある
興味深いのは、このシリーズで取り上げた樹木希林さんとの対比です。
樹木希林さんは、内田裕也氏が一方的に提出した離婚届を無効にし、生涯、婚姻関係を手放しませんでした。
居状態であっても、婚姻という「紙一枚」を握り続けた。
結果として、配偶者の税額軽減が適用できる関係を維持していたことになります。
高倉健さんは、逆です。
婚姻という制度を避けて、養子縁組という別の制度を選んだ。
どちらが正しいかという話ではありません。
制度との向き合い方には、その人の人生経験と価値観が色濃く反映されるということです。
ただし、税務的な帰結は異なります。
養子縁組では「配偶者の税額軽減」は使えません。養女は「子」であって「配偶者」ではないからです。
一方で、養子縁組には婚姻にはない別の効果があります。それが、相続順位の変動です。



結婚すれば税金面では有利だったんですよね?



配偶者の税額軽減だけを見ればそうです。
でも、高倉さんのケースでは実子がいなかったため、養子縁組で「子」を作ることには、相続順位を根本から変えるという別の意味がありました。制度の選択は、税額だけでなく、相続の構造全体に影響します。
養子縁組の法的効果 ― 相続順位が変わる
養子縁組がもたらす最大の効果は、相続人の構成そのものが変わることです。
養子は、法律上、実子とまったく同じ第一順位の相続人になります(民法第727条、第809条)。
高倉さんのケースで言えば、養子縁組がなければ、法定相続人は実妹だけ(第三順位)でした。
ところが、養女が入ったことで、第一順位の「子」が存在することになり、第三順位である実妹の相続権は自動的に消滅します。
養子縁組がある場合とない場合の比較
ここで重要なのは、きょうだいには遺留分がないという点です(民法第1042条)。
遺留分とは、一定の法定相続人に保障された最低限の取り分です。
配偶者や子には遺留分がありますが、きょうだいにはありません。
つまり、高倉さんのケースでは、養子縁組前の段階でも、遺言で「全財産を特定の人に遺贈する」と書けば、実妹が遺留分を請求することはできませんでした。
ではなぜ、遺言による遺贈だけでなく、養子縁組も行ったのでしょうか。
その理由について公式な説明はありません。
ただ、制度の違いとして知っておきたい点があります。遺贈と養子縁組では、税務上の扱いが大きく異なるのです。
相続税の2割加算と基礎控除 ― 制度上の違い
被相続人の一親等の血族及び配偶者以外の人が、相続や遺贈によって財産を取得した場合、相続税額に2割が加算されます(相続税法第18条)。
もし高倉さんが養子縁組をせず、遺言でパートナーに全財産を遺贈していたら、その人は一親等の血族にも配偶者にも該当しないため、相続税の2割加算が適用される可能性がありました。
一方、養子縁組によって養女は「子」、すなわち第一順位の法定相続人になります。
子は2割加算の対象外です。
40億円規模の遺産では、2割加算の有無が数億円規模の税額差になり得ます。
相続税法第18条と養子に関する注意点
相続税法第18条は、被相続人の一親等の血族および配偶者以外の人が財産を取得した場合に2割加算すると定めています。
養子は一親等の法定血族にあたるため、原則として2割加算の対象外です。
ただし、同条には例外があります。被相続人の養子となった人で、その被相続人の直系卑属(子や孫)でもある人(いわゆる孫養子)については、2割加算の対象となる場合があります。
高倉さんのケースでは、養女は血縁関係のない第三者であり、孫養子には該当しません。
したがって、2割加算の対象外と考えられます。
基礎控除への影響
相続税の基礎控除は「3,000万円+600万円×法定相続人の数」で計算されます。
養子は法定相続人の数にカウントされますが、制限があります(相続税法第15条第2項)。
実子がいる場合:養子は1人まで
実子がいない場合:養子は2人まで
高倉さんには実子がいないため、養子は2人まで法定相続人の数に含めることができます。
養女1人であれば、全額カウントされます。
📌 実務上の重要な注意点:
養子縁組は相続税対策としても有効な手段ですが、相続税法第63条には注意が必要です。
同条は、養子の数を法定相続人に含めることで「相続税の負担を不当に減少させる結果となると認められる場合」に限り、税務署長が養子の数を法定相続人に含めないことができると定めています。
高倉さんのケースでは、17年間の同居生活という実態があり、「不当に減少させる」と認定されるような状況とは距離があると考えられます。



養子縁組と遺贈で、税金はどれくらい違うんですか?



ケースバイケースですが、2割加算の有無が大きな分岐点です。遺産が大きいほど、その差は広がります。
養子縁組には法律上の親子関係を生じさせるという効果があり、税金だけの問題ではありません。
制度の選択は、法的関係の全体像を見て判断する必要があります。
制度の選択がもたらしたもの ― 親族との関係
制度的には、高倉さんの設計は明確でした。
養子縁組によって法定相続人を確定させ、パートナーに全財産を託す構造を作った。
しかし、相続の現場では、制度の整合性と人間関係の納得感は別の問題です。
報道によれば、高倉さんの死後、養女と実妹をはじめとする親族との間に摩擦が生じたとされています。
親族に死亡の知らせが遅れたことや、遺産の扱いをめぐる行き違いなどが報じられました。
これらの事実関係の詳細は明らかではなく、本稿では個別の是非を論じる立場にはありません。
ただし、制度の構造として押さえておきたい点があります。
養子縁組によって実妹の相続権は消滅し、きょうだいには遺留分もありません。
法律上は、養女が全遺産を相続することに何の障害もありません。
けれど、「法律上問題がない」ことと、「残された人が納得できる」ことは、同じではありません。
制度は、財産の移転を処理します。
しかし、家族の感情を処理する機能は持っていません。
📌 実務上の重要な注意点:
養子縁組によって相続権を失う親族がいる場合、生前のうちに、本人の口から事情を伝えておくことが望ましいと考えます。
制度の準備だけを進めて、関係者への説明が伴わないと、死後にすべての負担が相続人に集中します。
高倉さんのケースが示しているのは、制度設計の巧みさだけでなく、制度の「外側」にある対話の重要性でもあります。
まとめ
高倉健さんは、長年のパートナーに財産を遺すために、再婚ではなく養子縁組という制度を選びました。
養子縁組により、パートナーは第一順位の法定相続人となりました。
これによって、きょうだいの相続権は消滅し、遺留分の問題も生じませんでした。
相続税の2割加算も回避され、遺贈の場合と比べて税務上の負担は軽減されました。
一方で、婚姻を選ばなかったことにより、配偶者の税額軽減という最大級の制度的メリットは放棄された形になっています。
高倉さんが養子縁組を選んだ背景には、婚姻制度への個人的な思いがあったと推察されます。
制度の選択に「正解」はありません。
大切なのは、自分の価値観と、残される人の状況と、制度がもたらす帰結を、重ねて考えることです。
そして、制度をどれだけ精緻に設計しても、家族の感情までは制度の中に収まりきらないという現実があります。
実務でも、数字の上では最善の設計が、関係者の納得を得られないことがあります。
制度は道具です。その道具をどう使い、道具では届かない部分をどう補うか。
それを考えることが、相続設計の出発点なのだと思います。
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このシリーズでは、遺言や相続にまつわる様々なケースを取り上げています。
内縁の妻への遺贈という、養子縁組とは異なるアプローチを解説しています。
婚姻を維持し続けるという選択の、制度的・税務的な意味を紹介しています。
高倉健さんのように、
婚姻関係にないパートナーや、
大切な人に財産を確実に届けたいと考えている方へ。
養子縁組、遺贈、遺言書の作成――
どの制度を使うかによって、相続の構造も税務上の帰結も大きく変わります。
弊所では、公正証書遺言の作成サポートをはじめ、
相続税の試算や、養子縁組を含む相続設計のご相談を承っています。
どうぞご相談ください。
落ち着いた対話の中で、あなたらしい意思を形にしていくお手伝いをいたします。
🔎 注意:出典と表現について
本記事は、公開資料・報道・研究文献など、一次確認が可能な範囲に基づき執筆しています。
家族関係や経歴に関しては、百科事典的資料(ウィキペディアほか一般公開情報)を参照しています。
養子縁組の時期、遺言の内容、遺産額などについては、週刊誌報道(週刊女性PRIME、女性セブンほか)に基づいており、一次資料や公式発表による確認はできていません。
文中の税務・法制度に関する説明は、相続税法(2025年4月1日現在施行法令)に基づく一般的な制度解説として記載しています。高倉健さんの相続に実際に適用されたか、またその意図を示す発言は確認されていません。
参考法令・資料
民法(明治29年法律第89号)第727条(養子と養親及びその血族との親族関係)、第792条以下(養子縁組)、第809条(養子の身分)、第887条(子の相続権)、第1042条(遺留分の帰属)
相続税法(昭和25年法律第73号)第15条第2項(養子の数の制限)、第18条(相続税額の加算)、第63条(養子の数の否認)
国税庁タックスアンサー No.4170「相続人の中に養子がいるとき」
