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大学への遺贈寄附を考える③ 遺贈寄附と相続税──制度の基本構造

相続税の申告を進めていると、こういう質問を受けることがあります。

遺言がないと、大学に寄附はできないんですか?
答えは、できます。ただし、方法によって税務上の扱いが変わります。
大学に財産を遺したいと思ったとき、方法は一つではありません。
遺言で遺贈する方法もあれば、相続人が相続した後に寄附する方法もある。
どちらも「大学に届ける」という結果は同じに見えますが、制度上の道筋はまったく異なります。
どちらの方法をとるかは、遺言の有無や相続の進み方によって決まります。
今回は、遺贈寄附にかかわる税務の基本構造を整理します。
制度の全体像を把握しておくことは、寄附するかどうかを考える前提になるものです。
🔎このシリーズは、こんな場面で役立ちます
- 大学基金で遺贈寄附の問い合わせを受けたとき、税務の全体像を把握しておきたい
- 大学への寄附を考え始めたが、何から整理すればいいか分からない
- 遺贈寄附の案件で、相続税に詳しい税理士を探している(信託銀行・士業の方)
大学に届ける、二つの方法
大学に財産を遺す方法は、大きく二つあります。
一つは、遺言による遺贈です。
「○○大学に金○○万円を遺贈する」と遺言書に書いておく。
相続が発生すると、遺言の内容に従って財産が大学に移転します。
法律上、この財産は相続人を経由せず、被相続人から直接大学に渡ったものとして扱われます。
もう一つは、相続人が相続した後に寄附する方法です。
遺言はないけれど、故人が生前に「この大学に寄附してほしい」と伝えていた。
あるいは、相続人自身が「父の気持ちを考えると、寄附したい」と思った。
その場合、相続人はいったん財産を相続し、自分の判断で大学に寄附することになります。
どちらも大学にお金が届くという点では同じです。しかし、税務上の扱いは異なります。
遺言による遺贈の場合、大学が受け取る財産は原則として相続税の課税対象になりません。
大学は法人であり、個人に課される相続税は発生しないからです。
一方、相続人が寄附する場合は、相続人がいったん財産を取得した扱いになるため、原則として相続税の課税対象に含まれます。
遺言による遺贈──制度の原則



遺産の半分を大学に、と遺言に書けばいいんですか?
書くことはできます。
ただ、「半分」のような割合で指定する方法と、「金1,000万円」のように金額を指定する方法があり、それぞれ制度上の扱いが異なります。
特定遺贈は、「○○大学に金1,000万円を遺贈する」のように、渡す財産を具体的に指定する方法です。
包括遺贈は、「○○大学に遺産の3分の1を遺贈する」のように、割合で指定する方法です。
実務上、大学への遺贈寄附では特定遺贈が選ばれることがほとんどです。
理由は明確です。包括遺贈の場合、受遺者──つまり大学──は相続人と同じ立場に置かれます。
プラスの財産だけでなく、マイナスの財産(債務)も引き受ける可能性がある。
遺産分割協議にも参加する必要が出てくる。大学基金の事務局がそうした手続きに巻き込まれることは、大学側にとっても寄附者の遺族にとっても望ましくありません。
多くの大学が遺贈の受入方針として特定遺贈を前提としているのは、こうした事情によるものです。
包括遺贈で遺言が書かれていた場合、大学側が受入れを辞退するケースもあります。
寄附者の善意で書かれた遺言が、結果的に届かないことがある。遺言の書き方一つで、そういうことが起きます。
遺言による遺贈で大学が受け取った財産には、原則として相続税は課されません。
相続税は「財産を取得した個人」に課される税であり、学校法人や国公立大学法人といった法人が遺贈を受けた場合、相続税の課税対象にはならないからです。
相続人が寄附する場合──措置法70条の非課税
遺言がない場合でも、非課税で寄附する道は閉ざされていません。
相続人が、相続や遺贈によって取得した財産を、相続税の申告期限(相続開始を知った日から10か月)までに、一定の公益法人等に寄附した場合、その寄附した財産は相続税の課税対象から除かれます。
これが租税特別措置法第70条の非課税特例です。
大学は、多くの場合この「一定の公益法人等」に該当します。学校法人や国公立大学法人として、教育の振興に寄与する法人だからです。
ただし、すべての大学が自動的に該当するわけではなく、寄附先が要件を満たすかは事前に確認しておく必要があります。
ただし、この特例にはいくつかの要件があります。
まず、寄附する財産は、原則として、相続によって取得した財産そのものでなければなりません。
たとえば、相続した不動産を売却して得た現金を寄附した場合、その現金は「相続により取得した財産」そのものとは言いにくく、原則としてこの特例の対象にはなりません。
相続した現金をそのまま寄附する、あるいは相続した有価証券をそのまま寄附する、という形が基本です。
ここに、一つのズレがあります。制度上は「相続した財産そのもの」を寄附するのが原則ですが、多くの大学は不動産や有価証券をそのまま受け入れることには慎重です。
現金化してから寄附してほしい、というのが大学側の基本的な方針です。制度の要件と大学の受入方針が、ここで食い違います。
このズレが現場で何を引き起こすかは、次回詳しく見ていきます。
また、寄附した財産が寄附先の公益目的事業に使われること、寄附先が寄附を受けた日から2年以内に公益法人としての要件を満たさなくなっていないこと、といった条件もあります。
さらに、その寄附が寄附者やその親族の相続税・贈与税の負担を「不当に減少」させる結果となると認められる場合には、この非課税の適用は受けられません。
そして、相続税の申告書に非課税の適用を受ける旨を記載し、必要な書類を添付して申告する必要があります。
寄附したことで納税額がゼロになったとしても、申告そのものは省略できません。
このように、相続人が寄附する場合の非課税には、いくつものハードルがあります。
要件を一つでも満たさなければ、非課税の適用は受けられません。
確実に非課税で大学に届けたいのであれば、遺言による遺贈のほうが制度上はシンプルです。



寄附すると相続税が減るんですか?
こう聞かれることがあります。制度の説明を聞いた後に出てくる、自然な質問です。
正確に言えば、寄附した財産の分だけ相続税の課税対象から外れるので、結果として相続税の総額は下がります。
寄附した財産そのものは手元から出ていきますので、手元に残る財産が増えるわけではありません。
非課税の制度があるのは、公益に資する寄附を促すためですが、制度が後押ししているからといって、寄附するかどうかは別の問題です。
ただし、制度を知らなかったために不利益を受けるケースは実際にあります。
たとえば、申告期限を過ぎてから寄附した場合、非課税の適用は受けられません。
10か月という期限は、遺産分割協議や寄附先との調整を考えると、決して長くはありません。
遺留分という壁



子どもたちには生前十分にしてやったし、残りは全部大学に渡したいんです。
お気持ちはよく分かります。
ただ、一つ確認しておきたいことがあります。相続人には、法律で守られた取り分があります。
遺贈寄附を考えるとき、税務と同じくらい──あるいはそれ以上に──重要な論点があります。遺留分です。
遺留分とは、配偶者や子など一定の相続人に法律で保障されている、遺産の最低限の取り分です。
遺言の内容にかかわらず、この権利は守られます。
たとえば、「全財産を○○大学に遺贈する」という遺言があったとしても、配偶者や子がいれば、遺留分を侵害された分について金銭の支払いを請求できます。
これが遺留分侵害額請求です。
遺留分を侵害する遺言書そのものは無効にはなりません。
ただし、相続人が請求すれば、大学が受け取った財産の一部を金銭で返さなければならない可能性があります。
寄附を受けた大学と相続人の間で紛争になることもあります。
ここが、遺贈寄附の最も難しいところです。
寄附したいという気持ちは本人のものです。誰にも否定できません。
しかし、相続人にも法律で保護された権利がある。
この二つは、場合によってぶつかります。
寄附者が「家族には生前十分に渡した」と思っていても、遺留分の計算上は侵害が生じていることがあります。
感覚と計算は一致するとは限りません。寄附の金額が大きくなればなるほど、この問題は深刻になります。
一つだけ補足しておくと、兄弟姉妹には遺留分がありません。
子がおらず、両親も亡くなっている場合、相続人が兄弟姉妹だけであれば、遺留分を気にせず遺贈することができます。
相続人の構成によって、遺贈寄附の設計はまったく変わってきます。
遺留分の問題は法律の領域です。
税理士だけで解決できるものではなく、弁護士や司法書士との連携が必要になります。
ただ、税理士は相続の全体像──財産の総額、相続人の構成、遺言の内容──を把握する立場にいます。
「この遺言だと遺留分を侵害する可能性がある」という気づきは、全体を見ている税理士から出てくることがあります。
遺留分の問題は、「寄附がうまくいかなかった」という結果として現れます。
そうならないためには、寄附を考える段階で、相続の全体を整理しておく必要があります。
遺言執行者がいるということ



遺言を書いておけば、あとは自動的に届くんですよね?
そう思われる方は多いです。ただ、遺言の内容を実際に届ける人が必要です。
それが遺言執行者です。
遺言書に指定しておくこともできますし、家庭裁判所に選任を申し立てることもできます。
遺言執行者を誰にするかは、遺贈寄附の設計において重要な判断です。
相続人、弁護士、司法書士、信託銀行、税理士──選択肢はいくつかありますが、それぞれに向き不向きがあります。この点は、第5回で詳しく取り上げます。
制度を知ることの意味
制度の話ばかりが続きました。読みにくかったかもしれません。
ただ、今回整理した内容は、制度の「骨格」です。
遺言による遺贈と、相続人による寄附。非課税の仕組み。包括遺贈と特定遺贈の違い。遺留分。遺言執行者。
こうした制度を知ることは、寄附を決めることとは違います。
制度を知ったうえで寄附しないと決めることも、大切な選択です。
逆に、制度を知らないまま寄附を決めてしまうと、申告期限に間に合わなかったり、遺留分の問題に気づかなかったり、現物寄附で想定外の税負担が生じたりすることがあります。
非課税の制度は、公益に資する寄附を促すために設けられています。
ただ、制度が後押ししているからといって、寄附するかどうかは別の問題です。
財産や家族の状況を含めた全体の中で考えることです。
制度の骨格を知っておくことは、その判断の前提になります。
次回は、その道筋の中で実際に起きるズレと摩擦──不動産や有価証券の寄附で何が起きるのか──を見ていきます。
参照条文(2025年4月1日現在法令等)
- 相続税法第1条の3(相続税の納税義務者)──相続税は「相続又は遺贈により財産を取得した個人」に課税
- 相続税法第27条(相続税の申告)──相続開始を知った日の翌日から10か月以内
- 租税特別措置法第70条(相続財産を公益法人等に寄附した場合の非課税)
- 民法第990条(包括受遺者の権利義務)
- 民法第1042条(遺留分の帰属及びその割合)
- 民法第1046条(遺留分侵害額の請求)
