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大学への遺贈寄附を考える④ 現場で起きるズレと摩擦

相続税の申告を進めていると、こういう相談を受けることがあります。

父の家を大学に寄附したいんですが、大学に聞いたら「現金でお願いします」と言われて……
前回、遺贈寄附の基本的な税務構造を整理しました。
遺言による遺贈と相続人による寄附。非課税の仕組み。遺留分。制度の骨格を知ったうえで、今回は、その道筋の中で実際に何が起きるかを見ていきます。
不動産の寄附を中心に、制度と現場のズレが何を引き起こすのか。有価証券の寄附にも簡単に触れます。
🔎このシリーズは、こんな場面で役立ちます
- 大学基金で遺贈寄附の問い合わせを受けたとき、税務の全体像を把握しておきたい
- 大学への寄附を考え始めたが、何から整理すればいいか分からない
- 遺贈寄附の案件で、相続税に詳しい税理士を探している(信託銀行・士業の方)
不動産の寄附は、どこでも難しい
不動産を寄附するという行為の難しさは、大学に限った話ではありません。
相続税を専門にしていると、仕事の場に限らず、不動産と寄附にまつわる話を聞くことがあります。
最近、知人から聞いた話では、親御さんが相続で受け継いだ信州の不動産を、自分では使わないので福祉施設に使ってもらっていたそうです。
自分が亡くなったら、そのまま施設に寄附したいと考えていた。
思いも用途も明確で、施設側もそのまま使い続けられる。
大学のように「現金でお願いします」とはならないケースです。それでも、個人が法人に不動産を無償で譲渡すれば、税務上は別の問題が生じます。
この壁──不動産を寄附する際の税務上の複雑さ──は、寄附先が大学であっても福祉施設であっても、構造的に共通するものです。
大学はなぜ「現金で」と言うのか
第1回で書いた、母校のホームカミングデイで手に取ったあのパンフレットには、遺贈寄附の案内のほかに、もう一つ気になる記載がありました。
「不動産は原則として換価後のご寄附をお願いしております」
大学が不動産をそのまま受け取らないのには、理由があります。
不動産を受け取ると、大学は管理責任を負います。
建物の老朽化、土壌汚染のリスク、固定資産税の負担。売却できなければ、大学にとって「寄附」が「負担」になりかねません。
「現金化してから寄附してほしい」という方針は、大学として合理的です。
不動産を受け入れた場合、大学側にも売却時の法人税や登録免許税の問題が生じる可能性があり、事務負担だけの話ではありません。多くの大学が同様の方針をとっています。
ただ、この方針は、寄附者の側に別の問題を生むことがあります。
売ってから寄附する──換価の過程で起きること



寄附のために売ったのに、所得税を払わないといけないんですか?
こう驚かれる方は少なくありません。
相続した不動産を売却すると、譲渡所得税が発生します。
相続人は、被相続人の取得費をそのまま引き継ぎます。長く持っていた不動産ほど、取得費と売却額の差が大きくなり、譲渡益が膨らみやすい。
先祖代々の土地など、取得費が分からない場合はさらに深刻です。
取得費が不明のときは、売却額の5%を取得費とみなす概算取得費の規定があります。
結果として、売却額の95%が譲渡益として課税対象になりうる。
売却代金をそのまま大学に寄附したとしても、譲渡所得税はかかります。
1円も手元に入らない──むしろ持ち出しになる──のに、「儲かった」とみなされて課税される。
善意で財産を手放すのに、制度上はそうなっています。
前回整理した租税特別措置法第70条の非課税は、原則として「相続により取得した財産そのもの」を寄附することを前提としています。
不動産を売却して得た現金は、その性質や経緯によっては「相続財産に属する金銭」と評価される余地もありますが、制度が想定するストレートな形からは外れやすい。
適用が認められるかどうかは個別の事情に左右されるため、慎重な検討が必要です。
制度が求める「財産そのもの」と、大学が求める「現金」。ここで、制度と現場が食い違います。
売らずにそのまま寄附したら──みなし譲渡所得課税



じゃあ、売らずにそのまま大学に寄附すればいいんですか?
そう考えるのは自然です。ただ、ここにも壁があります。
個人が法人に対して資産を無償で譲渡した場合、時価で譲渡があったものとみなされます。
これが所得税法第59条に定められた、みなし譲渡所得課税です。
なぜ無償で渡したのに「売った」ことになるのか。
個人から個人に財産を無償で渡した場合、受け取った側に贈与税がかかりますが、渡した側の含み益に対する所得税は、受贈者が将来その財産を売却するときまで繰り延べられます。
受贈者が贈与者の取得費を引き継ぐ仕組みがあるため、いずれは課税される構造です。
ところが、相手が法人の場合、個人→個人のような繰延べ課税の仕組みが構造上成り立ちません。
法人が将来その財産を売却すれば法人税は課されますが、それはもともとの個人の含み益に対する所得税とは別の話です。
そのため、法人への無償の譲渡の時点で、時価で売却があったものとみなして渡す側の個人に所得税を課す──これがみなし譲渡所得課税の考え方です。
つまり、不動産を大学にそのまま寄附すると、寄附者側に譲渡所得税が課される可能性があります。
実際には売っていないのに、売ったのと同じ税負担が生じる。
前のセクションで見たように、売却してから寄附すれば譲渡所得税がかかります。
では現物のまま渡せばいいかというと、今度はみなし譲渡所得課税が生じる。
不動産の寄附には、どちらの方法を選んでも所得税の壁が残ります。
回避するための制度(措置法40条)はありますが、後述するように、ハードルは高い。
しかも、遺言による不動産の遺贈の場合、みなし譲渡の所得税は被相続人の所得として準確定申告で精算しますが、その納税義務は相続人が引き継ぎます。
不動産は大学に渡ったのに、税金の支払いだけが相続人に残る──そういうケースが起こりえます。
このみなし譲渡所得課税を回避するための制度として、租税特別措置法第40条があります。
一定の要件を満たし、国税庁長官の承認を受ければ、非課税となる仕組みです。
国や地方公共団体への寄附の場合は承認不要で自動的に非課税となりますが、大学(学校法人・国立大学法人等)への寄附の場合は承認が必要です。
大学は措置法40条の対象法人に含まれており、承認手続きを簡略化できる「承認特例」の対象にもなっています。
ただし、この承認は簡単ではありません。要件は厳格で、承認までに一般に相応の期間を要するとされています。
その間、寄附の対象となった不動産は動かせません。
近年、承認手続きの簡素化や対象法人の拡充が段階的に進められていますが、実務上のハードルが高いことに変わりはありません。
措置法40条の詳細は専門的になるため、ここでは「こうした制度が存在する」という点に留めます。
実際に適用を検討する場合は、事前に専門家と相談しながら進める必要があります。
有価証券の場合──不動産との対比
不動産に比べると、上場株式などの有価証券は換価が容易です。
市場で売却できるため、不動産のような困難は生じにくい。
大学側の受入れも、不動産に比べれば柔軟なケースが多いようです。ただし、大学によって方針は異なります。
では、有価証券なら問題がないかというと、そうとも限りません。
親が何十年も前に取得した株式は、取得費が分からないことがあります。
証券会社に口座があっても、特定口座(源泉徴収あり)に組み入れられていない古い株式などは、取得価額が「不明」となっていることが珍しくありません。
不動産と同様に、取得費が不明な場合には譲渡価額の5%を取得費とする取扱いが認められています。
売却額の95%が譲渡益として課税対象になりうる。
換価が簡単に見えても、税金面でのインパクトは不動産と変わらない場合があります。
また、含み益のある有価証券を大学にそのまま寄附すれば、不動産と同じく、みなし譲渡所得課税の問題が生じます。措置法40条の適用対象にもなりえます。
「現物で寄附する」ことの税務上の複雑さは、財産の種類を問わず共通です。
届けたいのに、届かない──事前の設計という考え方
寄附したいという気持ちがあっても、不動産や有価証券の寄附には、制度と実務の両面で壁があります。
制度の要件と大学の受入方針のズレ。換価の過程で生じる税負担。みなし譲渡所得課税。取得費が不明な場合の重い課税。そして、非課税承認に要する時間。
こうした壁は、事前に知っていれば、税負担を織り込んだうえで寄附の全体像を設計することができます。
遺言を書く、措置法40条の適用可能性を検討する、寄附の方法や金額を調整する、相続人への影響を事前に確認する──選択肢は、知っていて初めて見えてきます。
知らないまま進めてしまうと、善意が届かないことがある。
このズレを埋めるための「事前の設計」が、遺贈寄附の成否を分けます。
財産の種類に応じた道筋を、寄附を考える段階で専門家と一緒に整理しておくこと。それが、届けたい気持ちを実際に届けるための第一歩です。
では、その設計を誰と一緒に進めるのか。次回は、大学基金、中間支援団体、士業──それぞれの役割と限界を整理します。
参照条文(2025年4月1日現在法令等)
所得税法第59条(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)──みなし譲渡所得課税
租税特別措置法第40条(国等に対して財産を寄附した場合の譲渡所得等の非課税)
租税特別措置法第70条(相続財産を公益法人等に寄附した場合の非課税)※第3回で詳述
所得税法第33条(譲渡所得)
