高倉健 ── 遺言書を書き、養女を迎えた人

有名人の遺言書シリーズ — 遺す人、遺さない人、税理士が読み解く10の物語

遺言書を書くのは、気が重いものです。

いざ書こうとすると、制度や形式の壁も高く感じられます。

そんなときは、おなじみの有名人たちの遺言書をのぞいてみるのもいいかもしれません。

1931年、福岡県中間市生まれ。本名・小田剛一。1956年に東映でデビューし、『網走番外地』『昭和残侠伝』シリーズなどで人気を集めました。
『幸福の黄色いハンカチ』『鉄道員(ぽっぽや)』など、数々の映画に出演。2013年には文化勲章を受章しています。
1959年に歌手の江利チエミさんと結婚し、1971年に離婚。その後、再婚はしませんでした。
2014年11月10日、83歳で亡くなりました。


車をあげてしまう人

高倉健さんといえば、寡黙で、不器用で、筋を通す男。

映画の中で演じた人物のイメージと重なるように、私生活をほとんど明かさない俳優でもありました。

そんな高倉さんには、車好きという一面がありました。

それも、ただの車好きではありません。人にあげてしまうのです。

俳優の梅宮辰夫さんは、かつてテレビ番組で、高倉さんから英国車のサンビーム・タルボ90を譲り受けたと語っています。

梅宮さんが欲しそうにしていたら、高倉さんが「持っていけ!」と言ったというのです。

親族にも、ずいぶん車を贈っていたようです。

2026年の『女性セブンプラス』の取材で、高倉さんの実妹は、兄から車をプレゼントされた思い出を語っています。

妹さんが外国車は嫌だと言うと、トヨタの新車を贈ってくれた。姉の夫には自分が使っていたベンツ、姪にはマセラティ、本家の甥にもベンツ。

高倉さんは、気に入った車を集めるだけでなく、人に譲ることも好きだったようです。

贈られた車の顔ぶれも豪華ですが、妹さんだけはトヨタの新車を希望したというところが、なんだかおかしい。

スクリーンの中の寡黙な男とは、また違う高倉健さんの姿が見えてきます。

私生活を語らなかった人

高倉さんは1959年、人気歌手の江利チエミさんと結婚しました。

しかし、1971年に離婚。その後、再婚することはありませんでした。

映画スターとして多くの人に知られながら、私生活についてはほとんど語らない。そんな姿勢を生涯にわたって保っていました。

ところが、亡くなったあと、長く生活をともにしていた女性の存在が明らかになります。

二人は1996年に香港で知り合ったとされ、その後、長年にわたって身近な関係にあったと報じられています。

ただ、その関係がどのようなものだったのかについては、その女性自身の証言と、周囲の関係者の証言に異なるところもあります。

高倉さん本人が、生前に二人の関係を詳しく説明した記録は見当たりません。

確かなのは、亡くなる前年の2013年に、高倉さんがその女性と養子縁組をしたということです。

結婚ではなく、養子縁組。

その女性は、高倉さんの法律上の「子」になりました。

長年世話になった人へ

高倉さんは、遺言書も残していました。

2015年3月の『女性自身』の取材に対して、担当弁護士は、高倉さんが自筆の遺言書を作成していたことを認めています。

その理由について弁護士は、高倉さんが長年世話になった人に財産を遺す意思を明確にしたかったのだと説明しました。

財産を受け取る相手は、養女だったということです。

遺言書の全文は公開されていませんが、報道によれば、全財産を養女に相続させる内容だったとされています。

一方、高倉さんには実の妹さんがいました。

先ほどの車の話に登場した妹さんです。

高倉さんが養子縁組をしていなければ、報道されている家族構成を前提とする限り、妹さんが法定相続人になるはずでした。

しかし、養女を迎えたことで、妹さんは相続人ではなくなりました。

高倉さんの死後、親族への連絡や葬儀のあり方などをめぐって、行き違いがあったことも報じられています。

それぞれの事情について、外部から判断できないことは少なくありません。

ただ、法律上の関係は明確です。

高倉さんは、長年身近にいた人に財産を遺すための遺言書を残しました。

そして、その人を法律上の子として迎えました。

実は、財産を遺すだけなら、遺言書でも実現できました。

それでも養子縁組もした理由について、高倉さん自身の説明は残されていません。

遺言書によって財産の行き先を決め、養子縁組によって相続人の顔ぶれを変えた。

高倉さんが遺したのは、そうした二つの法律上の選択でした。


ここからは、税理士のワンポイント解説です。遺言書と養子縁組の違いについて、少しだけお話ししますね。

財産を遺すことと、相続人にすること

誰かの身の回りの世話を長年続けてきたとしても、それだけで相続権が生まれるわけではありません。

法律には「寄与分」という制度があります。亡くなった人の財産の維持や増加に特別な貢献をした相続人について、その貢献を遺産分割に反映する仕組みです。

しかし、寄与分を主張できるのは相続人だけです。

2019年には「特別寄与料」という制度もできましたが、こちらも原則として相続人ではない親族が対象で、法律上まったくの他人は含まれません。

高倉さんが亡くなった2014年には、この制度自体がありませんでした。

では、相続人ではない人に財産を遺したい場合は、どうすればよいのでしょうか。

一つの方法は、遺言書を書くことです。

高倉さんの場合、養子縁組をしていなければ、妹さんが法定相続人になるはずでした。

しかし、兄弟姉妹には遺留分がありません。したがって、遺言書で全財産をその女性に遺贈することも可能でした。

ただし、それでは妹さんが法定相続人であることは変わりません。

もう一つの方法が、養子縁組です。

養子縁組をすると、法律上の親子関係が生まれます。養子は実子と同じ第一順位の相続人となり、第三順位の兄弟姉妹は相続人ではなくなります。

さらに、相続税の扱いにも違いがあります。

法律上の他人が遺贈を受けた場合、相続税額は原則として2割加算されます。一方、血縁のない普通養子は、この2割加算の対象にはなりません。

もっとも、高倉さんが税金の負担を考えて養子縁組をしたのかどうかは、わかりません。

ここで押さえておきたいのは、二つの制度の違いです。

遺言書は、財産の行き先を決めるもの。養子縁組は、相続人そのものを変えるもの。

高倉さんは、その両方を行ったのでした。


参考資料

『女性自身』2015年3月10日「高倉健さん 芸能人過去最高!存在していた総額40億円の巨額遺産」

『FRIDAY』2021年「チーム高倉健のひとりが初告白『私が抱いた「養女への不信感」』」

『女性セブンプラス』2026年「高倉健さん、養女が知らない『幻のポルシェ』の存在」

BS日テレ『おぎやはぎの愛車遍歴』2014年4月12日放送、梅宮辰夫さん出演回

竹内亮『自分で書く「シンプル遺言」』(講談社、2020年)

本稿は、公開された報道内容を素材として、「仮に報じられている状況が成り立つとしたら、法律上どのような仕組みが動くのか」を解説するものです。個別事情やご家族の意図を推測・断定する目的ではありません。あくまで『人はなぜその決断をしたのか』を税務と心理の両面から考察し、皆様の将来に活かしていただくためのケーススタディです。