遺言だけじゃない?相続をスムーズにする“死因贈与”という選択肢

相続の準備といえば「遺言」を思い浮かべる人が多いでしょう。確かに遺言は、自分の意思を形にして残す代表的な方法です。

しかし、実は遺言のほかに「死因贈与(しいんぞうよ)」という選択肢があります。あまり耳なじみのない言葉かもしれませんが、遺言とは違う特徴を持っており、状況によってはより確実に財産を承継させる手段となり得ます。

この記事では、遺言と死因贈与の違いを整理しながら、「どんなときに死因贈与を選ぶべきか」を解説していきます。


死因贈与とは?

遺言以外にも相続の方法ってあるんですか?

ありますよ。“死因贈与”といって、生前に相手と契約を結んで『自分が亡くなったらこの財産を渡します』と取り決める方法です。

死因贈与とは、「贈与者が死亡したときに財産を与える」ことを内容とする契約です。民法上は贈与契約の一種であり、生前に受贈者と合意することで成立します。

ポイントは「契約」であること。

  • 遺言:本人が一方的に意思表示する(単独行為)
  • 死因贈与:本人と受贈者が合意して取り決める(契約)

この違いが、制度の性質や使い勝手に大きく影響してきます。


遺言と死因贈与の違い

契約ってことは、遺言より強いんですか?

はい。死因贈与は契約なので、遺言のように簡単に書き直せません。だから“確実に財産を渡せる”というメリットがあります。

死因贈与は“契約”なので、受贈者も承知の上で取り決めをしている分、実際には撤回が難しくなります。法律上は一方的に撤回できる余地もありますが、公正証書で契約したり、不動産なら仮登記をしたりすれば、撤回はほとんど現実的ではありません。だからこそ「確実に渡せる」点がメリットとして活かされます。

項目遺言死因贈与
法的性質単独行為(本人の一方的意思表示)契約行為(当事者の合意)
作成方法自筆証書遺言、公正証書遺言など契約書形式(公正証書が望ましい)
効力発生時本人の死亡時本人の死亡時(ただし契約で確定済み)
撤回・変更本人の意思で自由に可能撤回しづらい
トラブル防止効果効力は強いが、内容に異議が出るケースあり相手が承知済みなので紛争リスクが減る一方、遺留分侵害の可能性あり
手続きコスト公正証書費用、検認手続き契約書作成費用、公正証書費用、場合により登記費用
税務上の扱い相続税の対象(遺贈扱い)相続税の対象(遺贈と同じ扱い。ただし不動産関係では別の税に違いがある)

税務面ではどちらも「相続税扱い」となり、節税上の差はありません。違いは「仕組み」と「確実性」にあります。


死因贈与を選ぶメリット

  • 確実性が高い
     遺言は一方的に撤回できますが、死因贈与は契約なので当事者の合意なしに変更されにくい。確実に特定の財産を渡したいときに有効です。
  • 生前に合意形成ができる
     相手と話し合って契約するため、受贈者の理解を事前に得られる。結果としてトラブルを減らせる可能性があります。
  • 特定の財産を確実に承継できる
     「自宅は長男に残したい」など、特定財産の承継を明確にしたい場合に適しています。

死因贈与の注意点

節税にもなるんですか?

いえ、いいえ。遺言も死因贈与も、税務上は同じく相続税の対象です。節税効果に違いはありません。ただし、不動産を移すときには、死因贈与の方が不動産取得税や登録免許税で負担が増える場合があります。

遺言と死因贈与の税金の違い

税目遺言による遺贈死因贈与
相続税(国税)相続税の対象相続税の対象(同じ)
不動産取得税(都道府県税)相続・相続人への遺贈は 非課税課税対象
登録免許税(国税・登記)相続・相続人への遺贈は 0.4%2.0%(相続人以外への遺贈と同じ扱い)

死因贈与のデメリット

  • 撤回に注意
    死因贈与は“契約”なので確実性が高いと思われがちですが、実は法律上は贈与者の一方的な意思で撤回できる余地があります(民法554条・1022条の準用)。そのため「絶対に変更できない」というわけではなく、この点はデメリットともいえます。
  • 遺留分トラブルの可能性
     他の相続人の遺留分(最低限の取り分)を侵害すると、結局は争いになることもあります。
  • 税務上の節税効果はない(+不動産関連の注意)
     遺言による遺贈と同じく、死因贈与も相続税の対象です。
     さらに、不動産を死因贈与する場合は相続や遺贈と違い、不動産取得税(課税される)と登録免許税(2.0%と高い税率)がかかる点に注意が必要です。

事例で考える:自宅を長男に残したいケース

あるご家庭で、父親が「自宅は長男に相続させたい」と考えていたとします。

  • 遺言の場合
     父親が遺言書に「自宅を長男に相続させる」と記載しておけば、原則その通りに効力が生じます。ただし父親が後から考えを変えれば、遺言を書き直すことが可能です。
  • 死因贈与の場合
     父親と長男が契約を結び、「父の死亡後に自宅を渡す」と取り決めておくことで、長男は確実に自宅を承継できます。不動産取得税や登録免許税の負担が相続よりも大きくなる点には注意が必要です。

税務面ではどちらも相続税扱いとなり、節税の観点で差はありません。選択の分かれ目は「柔軟性を優先するか」「確実性を優先するか」です。


補足:不動産の死因贈与と仮登記

不動産を死因贈与するケースでは、登記の扱いにも注意が必要です。

  • 通常の流れ
     死因贈与は「死亡を条件に効力が発生する契約」なので、登記は死亡後に受贈者が行うのが基本です。
  • 仮登記の利用
     契約の時点で「所有権移転請求権仮登記」を設定することもできます。これをしておくと、第三者への譲渡や担保設定より優先されることがあり、受贈者の安心材料になります。さらに、仮登記があると贈与者が一方的に撤回を主張しても実務的には受贈者の権利が強く保護されるので、撤回が非常にしにくくなるという効果もあります。
  • 注意点
     ただし、仮登記を入れるかどうかは慎重に検討する必要があります。税務上は相続税扱いですが、不動産取得税や登録免許税の負担は相続と異なるため、司法書士や税理士と一緒に確認して進めるのが安心です。

まとめ

遺言は柔軟に作り直せるのが良さで、死因贈与は契約にすることで確実性を高められるのが魅力です。
ただし、死因贈与といっても絶対に撤回できないわけではなく、法律上は贈与者が一方的に撤回できる余地があります。そのため「完全に固定できる」と思い込むのは危険です。さらに、不動産関係では相続と比べて余分な税金がかかる点にも注意が必要です。

税金の面では、遺言も死因贈与も同じく相続税の対象で、両者の間に節税効果の差はありません。大切なのは「どう分けたいか」という気持ちを整理し、それに合った方法を選ぶことです。

自分の場合はどっちが合っているのかな…

状況によって答えは変わります。でも“ご家族にどう財産を残したいか”という思いが出発点です。そこを一緒に考えていけば、きっと安心できる形が見つかりますよ。

遺言も死因贈与も、それぞれにメリットと注意点があります。大切なのは「自分の思いをどう形に残すか」を考え、状況に合った方法を選ぶことです。準備は一度きりではなく、見直すこともできます。だからこそ、早めに取り組むことで選択肢が広がり、納得できる形に近づけます。迷ったときは、専門家に相談して一緒に整理していくのがおすすめです。

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