相続税申告はユニクロではない

「ユニクロで服を買うのとは、ちょっと違うんですね」

相続税申告の初回面談で、私はときどきこんなことを言う。

初めて相続税申告を依頼する方にとって、税理士事務所選びは難しい。何を基準に選べばよいのかわからず、いくつかの事務所を回って見積もりを取り、金額を比較しようとする方もいる。

「ほかの事務所にも見積もりをお願いしています」と、率直に話してくださる方もいる。

金額で比較されるのかと思うと、少しがっかりする。でも、そう言っていただければ、こちらにも説明する機会が生まれる。相続税申告は、単純に金額だけで比べられる仕事ではないのだと。

だから、率直に話していただけるのはありがたい。

私の事務所では、面談前に料金表を確認していただいている。料金表は、ほかの事務所のものとも比較していただいて構わない。初回面談でも料金の仕組みをご説明するが、原則として、その場で具体的な見積額をお出しすることはしていない。

相続税申告は、一件一件がオーダーメイドの仕事だからだ。

同じくらいの財産額でも、財産の内容やご家族の事情によって、必要な調査や作業はずいぶん違ってくる。初回面談だけでは、何をどこまで調べなければならないのか、まだわからないことも多い。

試着のできない買い物

ユニクロなら、服を手に取り、生地を確かめ、試着室で着てみることができる。鏡の前に立って、似合うかどうかを考えることもできる。

相続税申告では、そうはいかない。

税理士事務所のホームページには、どこも似たようなことが書いてある。

相続財産を調査し、評価し、申告書を作成して税務署に提出する。

それだけを読めば、どこに頼んでも同じ仕事をしてくれるように思える。そうであれば、一番安いところを選ぶのは合理的な判断だ。

けれども、実際には仕事の進め方も、調査の範囲も、依頼者との関わり方も、事務所によって違う。

そもそも、申告書が完成しても、その裏側で税理士が何を調べ、何を考えたのかは、なかなかわからない。

相続税申告は、買う前に試着できないばかりか、買ったあとも品質を確かめにくいサービスなのである。

それなら、見えるようにしてみよう

とはいえ、目に見えないサービスなのだから仕方がない、と諦めるのも違うように思う。

見えないのは、見えるようにする努力が足りないからではないか。

私は、自分が納得できる仕事をして、それに見合った報酬をいただきたいと思っている。だったら、どんな仕事をするのか、依頼する前にできるだけ知っていただく必要がある。

そこで、初回面談では、ご準備キットや完成した申告書ファイルの見本をお見せするようにしている。

完成した申告書は、一冊のファイルにまとめてお渡しする。ファイルは市販品だが、相続税申告書にふさわしい、品のあるものを選んでいる。ボタニカル模様の表紙をつけ、クリアポケットは厚手で光沢の少ないものを使う。インデックスを整え、テプラのフォントにもこだわる。

「きれいにまとめていただいて」と、お礼をいただくこともある。

最近は、申告書とは別に、ご報告レポートも作るようになった。お預かりした資料をもとに、どのような検討を行い、どのような税務判断をしたのかを文章にしてお渡しする。

税務署に提出した申告書の控えだけでは、その申告書ができあがるまでの仕事は見えにくいからだ。

さらに、事務所のホームページには、相続にまつわるエッセイを多く書くようになった。

税法の解説だけでは、私が何を考え、どんな姿勢で仕事をしているのかは、なかなか伝わらない。

相続税申告では、亡くなった方がどのように財産を築いてきたのかだけでなく、ご家族がこれまでどのように暮らし、これから財産をどう受け継いでいくのかについても、お話を伺うことになる。

だから、一番安い見積もりを出した業者に発注する、というような選ばれ方には、少し抵抗がある。

家族の物語を誰に預けるか。

おそらくはご家族にとって大切なその物語を、安心して預けられる相手かどうか。そんな観点からも、税理士を選んでいただけたらと思っている。

それでも、選ばれないことがある

こんなふうに、私なりに仕事の見える化を進めてきた。

仕事の進め方や考え方に共感して、依頼してくださる方もいる。ありがたいことだ。

一方で、面談をしたあと、別の事務所に依頼することにしました、とご丁寧に連絡をいただくこともある。

その理由が料金なのか、ほかに何かあったのか、本当のところはわからない。

少しがっかりする。

もっとも、選ぶのは依頼者の自由である。私がどんなに自分の仕事に納得していても、相手が同じように評価してくれるとは限らない。

それに、相続税申告という買い物の答え合わせは、ずっと先になる。

依頼した時点では、その選択がよかったかどうかはわからない。申告が終わって初めてわかることもあるし、最後までわからないこともある。

別の事務所を選んだ方が、その後どうなったのか、私は知らない。

もしかしたら、安くてよい仕事をしてもらい、大満足しているかもしれない。

それでも、ときどき思う。

あとになって、私に頼めばよかったと思ってくれたりしないだろうか。

我ながら、往生際が悪い。