亡くなったあとにも、住民税はかかる

相続の仕事をしていると、ときどき、ご家族からこんなことを聞かれます。

「もう亡くなっているのに、住民税を払うんですか?」

とくに年の前半に亡くなった方の場合、亡くなったときにはまだ、その年度の住民税の納税通知書が届いていないことがあります。

春に亡くなった人の住民税の納税通知書が、初夏になって家族のもとへ届く。

それを見れば、「もう亡くなっているのに」と思うのも無理はありません。

住民税は、よく「地域社会の会費」のようなものだと説明されます。

自分が住んでいる町の道路を使う。
ごみを収集してもらう。
図書館や公園を利用する。
消防も救急もある。

そういう、自分が暮らしている町を支えるためのお金として、住民税を払う。

町内会費に少し似ています。

ふるさと納税の話になると、この感覚はもっとはっきり表に出てきます。

私の住む川崎市は、ふるさと納税による税収の流出が続けば、行政サービスに影響が出るおそれがあると訴えています。

以前には、その流出額を「約56万世帯分のごみの収集・処理経費」に相当すると説明していました。

こういう説明を読めば、住民税を「自分が暮らす町のサービスを支えるお金」と考えるのは、ごく自然なことだと思います。

その理解は、間違いではありません。

ただ、ずいぶん不思議な会費です。

会員が亡くなったあとに、納付書が届くことがあるからです。

その人はもう道路を歩きません。

ごみも出しません。

図書館にも行きません。

公園にも行きません。

それでも、その人についての住民税は残ります。

なぜか。

住民税の所得割は、前年の所得をもとに計算されるからです。

今年その町の道路をどれだけ歩いたか。
今年図書館を何回使ったか。

そんなこととは関係ありません。

町内会費に似ているようで、やはり少し違います。

亡くなった人の納税通知書が届くと、その違いがはっきり見えます。

生きていた去年の時間から、税金だけが少し遅れてやってくる。

しかも、年の途中で亡くなったからといって、その年度の住民税が日割りになるわけでもありません。

2月に亡くなっても、3月に亡くなっても、1月1日に納税義務が成立していれば、その年度分の住民税はかかります。

今年はもうほとんど生きていないのだから、その分だけ安くしましょう、とはなりません。

一年分です。

ただし、ここには一つ、妙な境目があります。

1月1日です。

ある経済評論家が、1月1日に亡くなりました。

主に投資や資産運用について、合理的なお金の増やし方や、金融商品で余計な損をしないための考え方を、長く発信していた人です。

私は、その人の記事を愛読していました。

その人が1月1日に亡くなったと知ったとき、私は住民税のことを思いました。

1月1日に亡くなった場合、その年度の住民税はかかりません。

もし一日あと、1月2日に亡くなっていたら、かかっていました。

なんだか、最後の最後まで合理的だったようにも見えます。

投資にも、節約にも、税金にも、損を減らすための工夫はいろいろあります。

けれど、自分では選べないものがあります。

死ぬ日です。

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