税務署がAIで相続税申告を分析へ──調査の選定が変わる?

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税務署のAI活用が始まっています

国税庁では、AI(人工知能)などのデータ分析を活用し、申告内容の審査や調査の高度化を図る方針を公表しています。
相続税の分野でも、一部の申告データを対象にAI分析の試行が進められており、
リスクの可視化と調査対象の選定精度の向上を目的とした取り組みが段階的に行われています。

このAI分析は、将来的に金融機関や地方公共団体などとの照会・データ連携の拡充も想定されています。
(国税庁資料では「他機関との情報連携やデジタル化の推進」を明記)
実務的な観点からは、たとえば「申告額と資金移動の差」や「名義預金を疑わせる動き」など、
申告内容と取引の整合性に関わるパターンが分析の焦点になると考えられます。


AI導入の背景と目的

国税庁の資料などによると、相続税の申告件数はおおむね15万件前後にのぼります。
ただし、実地調査が行われるのは全体の1割未満にとどまっており、
限られた人員で公平な調査を行うためには、AIなどのデータ分析による効率化が不可欠とされています。

これまでの税務署の調査では、担当職員が「経験」や「勘」で不自然な申告を選んでいました。
しかしAIの導入後は、膨大な申告データや外部情報を横断的に分析し、
統計的に“普通ではない”動きを検知できるようになります。
これにより、従来よりも客観的で網羅的な調査対象の選定が可能になるとみられます。

なお、2025年3月の主要報道では「2025年夏から相続税でAIを本格導入」と伝えられましたが、
現時点で国税庁の公式文書に同様の明記はなく、段階的な試行の延長線上にあると考えるのが妥当です。

ただし、AIが自動で課税を行うわけではありません。
AIが算出した分析結果をもとに、実際に調査を行うかどうかの判断を下すのは、従来どおり人間の税務職員です。
AIはあくまで、判断を支援するツールとして機能します。


相続税申告が必要なご家族へ

AI導入によって、申告内容の整合性や裏付けがこれまで以上に厳密に確認される可能性があります。
AIは数値やデータ上の不自然な動きを高い精度で検知できますが、
その背景にある人の事情や経緯までは判断できません。

たとえば、長期間にわたる家族の介護や入院費の立て替え、
同居家族による生活費の補助など、帳簿や通帳の数字だけでは把握しきれない事情もあります。
ときには、家族の誰かが一時的に資金を預かっていたり、
故人が他人名義の口座を通して生活費をまかなっていたりすることもあるでしょう。
そうした取引は、外から見ると不自然に映る一方で、
日々の暮らしの中ではごく自然な流れとして行われてきたのかもしれません。

AIはその“外から見た姿”を検出することに長けていますが、
“内側で交わされた意味”までは読み取ることができません。
だからこそ、そうした背景を整理し、合理的に説明できる形にしておくことが、
これからの申告ではいっそう大切になります。


税理士業界のなかでのAI活用

税理士業界は、制度の正確さを何より重視する専門職であるため、
新しい技術の導入には慎重な事務所が多いのが現状です。
しかし、時代の変化とともに、税務の現場にもAIの理解と活用が欠かせなくなってきました。

弊所では、AIを単なる効率化のためのツールではなく、
制度の理解を深め、相続税申告を行うご家族の立場をより的確に支援するための補助者として積極的に取り入れています。
たとえば、膨大な法令や通達、判例の整理、申告資料の構成検討などにAIを活用し、
人間が判断すべき部分により多くの時間と注意を向けられるよう努めています。

さらに、AIと向き合う過程では、
逆に「人がどのように迷い、考え、決断しているのか」という
人間的な側面がいっそう鮮明に見えてくることがあります。
数字の背後にある背景を丁寧に読み取り、
整理された情報の中から“人の物語”を見つめ直す。
その意味で、AIの活用は単なる合理化ではなく、
人間らしさを取り戻すためのプロセスでもあると考えています。

AIを適切に使うことで、
「正確であること」と「人間的であること」を両立させることができる――
それが弊所の目指す方向です。


まとめ:AIの時代でも、人が導く申告を

AIの導入によって、税務調査の透明性と公平性は確実に高まります。
そして、税理士にとってもAIは、制度を深く理解し、相続に関わる方々を支えるための重要な道具になりつつあります。

税務署がAIで社会の公平を支えるなら、
弊所はAIを通じて、人の営みを相続税申告という制度の言葉に翻訳する。
と同時に、制度と現実のあいだに立ち、数字の向こうの事情をすくい上げて、故人が生きた時間を次の世代へ渡す記録へと変えていきます。


🔎 参考資料

  • 国税庁『税務行政のデジタル・トランスフォーメーション-税務行政の将来像2023-』(令和5年6月23日公表)
  • 国税庁『税務行政DX取組状況』(令和6年版)
  • 一般社団法人 行政情報システム研究所(AIS)「税務行政DX取組状況の分析」(2024)
  • 日本経済新聞(2025年3月13日・16日)「相続税でAIによる調査対象選定を本格導入、2025年夏から運用開始へ」
  • ゴールドオンライン(2025年3月掲載)「国税庁がAIで相続税調査を効率化へ」
  • 岡野相続税理士法人「令和元事務年度 相続税実地調査件数」
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