市原悦子 ── 妹に遺した住まい、夫の隣に眠る願い

有名人の遺言書シリーズ — 遺す人、遺さない人、税理士が読み解く10の物語

遺言書を書くのは、気が重いものです。

いざ書こうとすると、制度や形式の壁も高く感じられます。

そんなときは、おなじみの有名人たちの遺言書をのぞいてみるのもいいかもしれません。

「家政婦は見た!」の石崎秋子、「まんが日本昔ばなし」の語り手。
女優・市原悦子さんの声を聞くと、今でもあの独特の口調が思い浮かぶ人は多いのではないでしょうか。
舞台、映画、テレビドラマ、そして声の仕事。長く第一線で活躍した市原さんは、2019年1月12日、82歳で亡くなりました。
ご主人は、俳優座で出会った演出家の塩見哲さん。1961年に結婚し、2014年に亡くなるまで、半世紀以上をともに過ごしました。2人の間に子どもはいませんでした。


目次

50年近く暮らしたマンション

市原さんが暮らしていたのは、東京都心のマンションです。

まだ俳優座の舞台女優だったころ、「清水の舞台から飛び降りる」思いで購入した住まいでした。

市原さんの著書の制作にも携わり、晩年を支えた作家の沢部ひとみさんによると、その住まいには木と紙を使った内装が施され、市原さん夫妻は50年近く暮らしていたそうです。

その後、同じマンションの一つ上の階の部屋も購入しました。

下の階は私生活の場。上の階は応接間であり、ご主人の書斎であり、稽古場でもありました。

壁にはご主人の蔵書が並び、仕事仲間が訪れ、打ち合わせや麻雀も行われていたといいます。

住まいであり、仕事場でもある。そんな場所だったのでしょう。

沢部さんの記録には、市原さんが家の中のどこに何をしまっているか、驚くほど正確に覚えていたという話も出てきます。

引き出しの何番目、押し入れのどの棚のどちら側。

長年暮らした住まいの様子が、そんな細かな話から伝わってきます。

少しずつ身軽になる

市原さんが身の回りの整理を意識し始めたのは、69歳で肺がんの手術を受けたあとでした。

「準備しなきゃな」

そう思うようになったと、沢部さんの取材で語っています。

75歳になる前からは、少しずつ持ち物を減らし始めました。

伊豆に持っていた土地を売り、新宿にあった事務所も手放しました。

写真を整理するときには、10枚のうち2枚だけを選び、残りの8枚を破いて捨てたそうです。

「ものを持っていると縛られてしまいますから」

市原さんは、そんな言葉も残しています。

理想は、リヤカーひとつで引っ越しができるような暮らし。

50年近く暮らしてきたマンションに住みながら、少しずつ身軽になっていこうとしていたのです。

2014年にご主人が亡くなってからは、身辺整理をすることについて「1人になると、それが使命になるのね」とも語っていました。

市原さんの妹さんたちは、姉について、こんなふうに話しています。

「姉はお片づけが大好きでした!」

なんだか、少し可笑しくなる言葉です。

市原さんにとって片づけは、亡くなる前の特別な仕事というだけではなく、日々の暮らしの中にもあった習慣なのかもしれません。

妹に遺した住まい

2020年1月の『週刊女性PRIME』に、市原さんの自宅マンションの相続についての記事が掲載されました。

記事によると、マンションを相続したのは、市原さんの妹さんでした。取材に応じた妹さんのご主人は、市原さんの遺言によるものだったと話しています。

市原さんには、妹さんが2人いました。

晩年の市原さんを支えていたのは、妹さんたちをはじめとする「チーム市原」の人々でした。ご主人の姪御さんや、作家の沢部ひとみさんも加わっていたそうです。

市原さんは、2人の妹さんのうち、1人に自宅マンションを遺したようです。

妹さんのご主人によると、マンションは市原さんの遺言によって相続されたとのこと。

遺言書そのものは公表されていないため、実際にどのような言葉で書かれていたのか、ほかの財産についてはどう決めていたのかまではわかりません。

そこには、市原さんの日々の暮らしがあり、ご主人の仕事場もありました。

住まいには、土地や建物としての値段がつきます。

でも、そこで何十年も暮らした人にとっては、それだけでは測れないものもあるでしょう。

妹さんにとって、そのマンションがどんな存在だったのか。それは、外からはわからないことです。

夫の隣に眠る

市原さんは、自分が亡くなったあとに眠る場所についても、希望を持っていました。

「骨つぼで暗いところに入れられるのは嫌。空をふわふわと浮かんでいるように死にたい」

2019年1月の『デイリースポーツ』には、そんな市原さんの言葉が親族の証言として紹介されています。

ご主人が亡くなったあと、市原さんは樹木葬のできる場所を探しました。

選んだのは、千葉県袖ケ浦市の真光寺。里山の景色の中に、並んで立つ木がありました。

市原さんは、そこでご主人と並んで眠る場所を用意したそうです。

先にご主人が埋葬され、市原さん自身も2019年3月、夫の隣に納骨されました。

墓碑に刻まれたのは、結婚後の本名「塩見悦子」ではなく、「市原悦子」という名前。

お寺の職員によると、市原さんは、ファンがお墓を訪ねてきても本名ではわからないのでは、と話していたそうです。

50年近く暮らしたマンションには、いくつもの思い出が残されました。

市原さん自身は、里山の木々の下で、ご主人と並んで眠っています。


ここからは、税理士のワンポイント解説です。遺言書の書き方について、少しだけお話ししますね。

遺言書は「何分の一」より「誰に何を」?

遺言書に「財産を妹2人に2分の1ずつ」と書いた場合、それぞれの取り分は決まっても、自宅マンションを誰が取得するかは決まりません。

一方、「自宅マンションは妹Aに、預貯金は妹Bに」と書けば、具体的な財産の行き先が決まります。

たとえば、お米が欲しい人もいれば、お菓子が欲しい人もいます。お腹がぺこぺこの人には、高級チョコレートより、おにぎりのほうがありがたいかもしれません。

相続財産も同じです。自宅に住み続けたい人もいれば、生活のために現金が必要な人もいます。金額が同じでも、その人にとっての価値は同じとは限りません。

遺言書を書くときには、「何分の一ずつ」だけでなく、「誰に何を遺すか」まで考えておきたいものです。


参考資料

沢部ひとみ『いいことだけ考える 市原悦子のことば』(文藝春秋、2019年)

沢部ひとみ「『あ、準備しなきゃな』市原悦子さんが75歳のちょっと前から断捨離を始めた理由」(文春オンライン、2019年12月8日)
https://bunshun.jp/articles/-/16834

『週刊女性PRIME』2020年1月16日掲載記事
https://www.jprime.jp/articles/-/16990

『現代ビジネス』2019年9月17日掲載記事
https://gendai.media/articles/-/66926

『デイリースポーツ』2019年1月18日掲載記事
https://www.daily.co.jp/gossip/2019/01/18/0011988657.shtml

本稿は、公開された報道内容を素材として、「仮に報じられている状況が成り立つとしたら、法律上どのような仕組みが動くのか」を解説するものです。個別事情やご家族の意図を推測・断定する目的ではありません。あくまで『人はなぜその決断をしたのか』を税務と心理の両面から考察し、皆様の将来に活かしていただくためのケーススタディです。

目次