腕組み考

先日、同業者の女性と話をしていたところ、途中で相手が腕組みをしてそれが最後まで続きました。腕組みのような仕草は非言語のコミュニケーションとして何らかのメッセージを相手に伝えます。私が受け取ったメッセージは好ましいものではなかったため、気になって仕方がなかったです。「あの人は、同業者である私の前ではともかく、お客様の前でも腕組みをしながら話をするのだろうか」とつい邪推してしまいました。

その足で事務所に戻ると、とある業界団体からダイレクトメールが届いていました。開けてみると、そこにも代表メンバーらの「腕組みポーズ」がずらり8枚も。こちらは全員男性で、もれなく腕を組んでいます。写真の横には「親切丁寧にサポート致します」「少しでもお役に立てれば」「お客様目線できめ細やかなお手伝いをさせていただきます」といったしおらしい(?)文言が添えられているのですが、写真とはどうにもちぐはぐな印象です。「この人たちはなぜ腕組みをしているのか」とまたもや気にかかりました。

「~士」という名称の付く専門資格職業をひっくるめて「士業」と呼ぶことがあります。行政書士兼税理士である私も士業の人間です。最近、士業の名刺やサイトのプロフィール写真にも腕組みポーズを使う例が増えていると感じていました。それらは主に男性だったので、「頼れる俺」というアピールなのかしら、と勝手に想像していたのですが、実際には「他に適当な手の置き場がない」とか「カメラマンの指示に従っただけ」という消極的な理由であることも多いようです。しかし、少なくとも士業の人間にとって、腕組みは取扱注意であり、軽々しくポーズを構えるのは得策でないと思うのです。

決めポーズとして腕組みが広まるきっかけの一つとなったのが、フランス料理の巨匠、ポール・ボキューズ氏だと言われています。2018年に亡くなった同氏のレストランは東京にもいくつもあります。ボキューズ氏は、そびえ立つシェフハットに金のメダルといういでたちで腕組みをする自身の写真をレストランに飾っていました。ボキューズ氏にあやかってかどうか分かりませんが、ラーメン店の店主など飲食店の経営者の腕組みポーズもよく見かけます。最近では一般企業の経営者がウェブサイトの社長挨拶で腕組みポーズを披露するケースも増えているそうです。これに関して、「腕組みの法則」というアノマリーが存在します。アノマリーとは明確な理論や根拠があるわけではないが当たっているかもしれないとされる相場の経験則のこと。ウェブサイトで社長が腕組みしていると株価が下がるという法則があるのだとか。実証研究で証明されているわけではないものの、社長の腕組みに対する大衆心理を表しているようで面白く感じました。

 

士業の多くは個人事業主で株価は関係ありません。しかし、株価に類似する概念として資産から負債を引いた差額概念としての資本を考えると、行政書士や税理士といった士業が腕組みをすると資本が目減りするという士業版「腕組みの法則」もあるのではと思えてなりません。その理由を私の専門分野である会計の用語で説明すると、資本の構成要素である資産の中の無形資産たる「のれん」が毀損するから、ということになるでしょうか。「のれん」とは、目に見えない資産の価値のこと。信用や評判、ブランドイメージなどが含まれます。つまり、腕組みが想起させる尊大な感じによってその人の印象が悪化するという法則です。

「あの〇〇士はエラソーでけしからん」といった類の文句をしょっちゅう口にしている人を知っています。具体的な職業は都度変わるのですが、士業である点は共通しています。逆に「あの〇〇士は士業にしてはエラソーでない」という理由だけで仕事を依頼されることもあります。士業業務は多様であるとはいえ、威圧感が不利に働く場合は多いと思われます。

同業者の間で人気のある言葉として、依頼者の「気持ちに寄り添う」という表現があります。実際に私も相続業務などではそう心がけています。お客様の気持ちに寄り添うというのは、精神的な構えとして、お客様の傍にいて、必要とあらばさっと手を差し出せるよう両手は空けておくということでもあると私は思います。そのときの身構えがお客様の目の前でふんぞり返って腕組みとなるとは考えにくいのです。

「士業版腕組みの法則」が働くのは目の前のお客様に対してだけとは限りません。冒頭にあげた二つの例から私が実感したように、同業者との会話、ウェブサイトやパンフレットを介した間接的なコミュニケーションでも同様に作用します。非言語コミュニケーションは難しい課題です。「目は口ほどにものをいう」の諺にも示されているように、言葉よりも顔の表情・視線・身振りなどのほうが、より重要な役割を担っていることがあります。腕組みには敏感な私も、緊張すると瞬きが止まらなかったりします。なるべく意識の俎上に載せるようにして、周囲の人との円滑なコミュニケーションを図っていきたいものです。